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だからこそ、素材の味わいや油分の割合で味が決まる。専門店では1杯1000円を越えることもザラである。
バレンタイン限定で店頭販売すれば、売上げもアップするだろう。
「山崎さん、考えてくれてたんですね」
澤田が頬をほころばせた。トフィらしい、ふにゃっとした顔。
それが、次の瞬間、すっと凛々しくなる。
「……甘いだけじゃ、美味しくないですよね」
顎に指をあて、考え始める。それはトフィの言うとおりだ。
「恋路を邪魔しないスパイスってあるかな? 大奥の寝所でだまって聞き耳立ててるような」
「大奥シリーズ好きっすねえ、山崎さん。スパイスよりはオレンジピールのほうが口数は少ない、ですかね」
濃く甘く、情熱的なカカオが溶けあうその奥に、ほのかな柑橘フレーバー。
「うおお……」
燃えてくる。エロティックなショコラ・ショオができそうだ。
「作ってみよう!」
集中しまくっていたせいで、作業工程に余裕がある。すぐにでもクーベルチュールを刻んで、と冷蔵庫の方を振り返った。
ぐうう、と澤田の腹が鳴ったのはそのときだ。
「澤田、今日は先にあがっていいよ」
ひとりで、もう少し、集中したい。
澤田は、少し寂しそうにしたが、おとなしく帰って行った。
そのあとは、蛍光灯の瞬きさえ聞こえる静寂の中で、ショコラ・ショオの試作を作り続けた。
刻んだ二種類のクーベルチュールと水とミルクを銅の小鍋にかけ、かき混ぜる。
とろとろと、ゆるむチョコレートの欠片たちが、蜜のようにつやを放つ。
白に黒が滲んだかと思うと、黒が全てを飲み込んでいく。
指を入れて、舐めるとすっとカカオの脂が舌の上を滑りぬける。
澤田じゃなくても、二者の快楽の声が聞こえてきそうだ。
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