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片づけを済ませて、表へ出る。今夜は道を変え、川の方へ自転車を走らせた。
月は無く、藍色の空にオリオン座が瞬いていた。
橋の上で自転車を止め、澤田がくれたコーンスープを飲む。
(これも恥ずかしいんだよな)
首を真上に反らせ、缶の中に残る粒を舌先で口の中へ落とす。カリ、と触れる缶の穴の縁で舌を切りそうで怖いのに、コーンがうまく取れると嬉しくて、ついつい繰り返す。
それでもひとつぶ、ふたつぶは残ってしまう。
そのもどかしさが嫌いで、自分では缶入りコーンスープを買うことは無い。
ころころと鳴る空き缶を持ち帰り、洗って捨てた。
そしてバレンタイン当日。
早朝から箱詰めとラッピングを総出で行う。
ありがたいことに開店前からそわそわと、笑顔の女性たちが店に列を作った。
外でショコラ・ショオを勧め、店内で買ってもらう。一日限定なので、スリーブ付きの紙カップで提供したが、口をつけたあとの溜息を聴く限り、今日もクーベルチュールたちは愛の交歓に酔いしれていたはずだ。
売れ行きは好調で、最後まで残ったのは、一番高級な詰め合わせ。これは予想の範疇だ。
それも、駆け込んできた若い女性が買い占めてくれた。
「ああ、売ったねえ。帰るのがめんどいなあ」
売る方がメインだったとはいえ、片付けを終えると体がぐったりと疲れていた。
これが幸せ、と先日思ったのを撤回したい。
一刻も早く、銭湯のマッサージ機に身をゆだねたい。
「ショコラ・ショオ、100杯超えたらしいですね」
澤田が道具にアルコールを吹き付けながら、振り返る。
「焦ったよー。ホワイトチョコ無かったからさ。後半のは、いつものミルクチョコレートで作った。値段、同じにしてさ。今回はあんたの変な能力のおかげで、売上倍増」
「倍まではいかないですよ。っていうか、変って直球に言いましたね? 好きなものの声が聞こえるだけです」
「それが変でしょー」
冷蔵庫から、瓶ビールを取り出し、アーモンドをひとつかみ、小皿に盛った。
澤田がパイプ椅子を持ってくる。
「お疲れ」
残った紙コップにビールを注ぐ。
「今頃、お客さんたち、告白してんのかな」
「告白する人は、手作りするんじゃないですか。買っていくのは、もう安定期な人たちでしょう」
「そうかなー、結構どれにしようか迷ってる人とかいたよ」
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