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あなたはお菓子の声を聴いたことがあるだろうか
あなたは、お菓子の声を聴いたことがあるだろうか。
わたしは無い。
「やだなあ、しゃべってますよ」
そう笑うのは、後輩パティシエの澤田慎介だ。
澤田はトフィみたいな男だ。線が細く、やせ形ではあるのだが、くせ毛がくるくるで、ふにゃっとした笑い方がまさにトフィ。
甘いものが好きでない方のために、補足すると、トフィとはキャラメルにナッツなどを混ぜ、チョコをかけたりして作る菓子のこと。
粘っこく、奥歯で噛むと、詰め物が取れるタイプのスイーツだ。
そんなふにゃっとした澤田の耳には、常に食材たちがペチャクチャしゃべっているのが聞こえるらしい。
パレットナイフを片手に、
「もうちょっと肩の力抜ける? そうそう」
だとか、オーブンに向かって、
「山崎さん(私のことだ)は怖くないよ、ちょっと口が悪いだけで」
だとか、始終「会話」らしき独り言を呟いている。
妙な感性だ、と呆れていたけれど、厨房で長時間二人きりなものだから、だんだん慣れた。
最近は私の方から、
「ちょっと、そのココナツにうまくバラけるよう言ってよ」
などと、注文をつけたりもする。
もうすぐ澤田が苦手なバレンタインがやってくる。
チョコレートたちは気位が高く、かなりの頻度で文句を言ったり、パティシエをけなすらしい。
そんな彼らと数日、付きっきりで過ごすわけだから、精神的疲労は普段の倍になるという。
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