サイトウさんだぞ

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    *    *    *  それから毎日、俺たちは屋上で購買のパンと、手作り弁当を食べる事になった。俺が教えてやったお陰で、アキラは『サイトウさんだぞ!』とからかわれると、制服のジャケットを広げるようになった。数学の抜き打ちテストでクラス一番の成績を取った秀才が、そんな風におどけるのが面白いと、アイツはだんだん人気者になった。そんなある日。学校一可愛いと評判の下級生が、屋上にやってきてアキラに言った。 「あの……サイトウ先輩、ちょっとお話ししても、良いですか?」  大きなはしばみ色の目元を淡く染めて、彼は恥じらう。そう、俺たちが通うのは男子校だった。思春期の恋は性も正体もなく未熟で、時々誰と誰が付き合ってるなんて噂を聞く。俺は、そんなものには無縁だと思ってた。思っていた。 「告白か? 悪いけど、アキラは俺と付き合ってっから」 「えっ」 「えっ」 「えっ」  きっちり三人分の驚きが上がる。話しているのは三人、つまりは俺も驚いたって事だ。何で、そんな事言っちまったんだろう。俺は言ってしまってから、急速に赤くなった。そんな俺の顔を数瞬見詰めていたアキラだけど、やがてキッパリと学校一の可愛子ちゃんに向き直った。 「そうなんだ。僕たち、付き合ってるんだ。だからそういう話なら、悪いけど聞けないよ」  下級生は、無言で走って行ってしまった。引く手あまたな自分に自信があったのか、断られた事に酷く恥じて、頬を泣きそうに歪めてた。残された俺たち二人は、しばしその後ろ姿を見送ってから、ふと目を合わせる。 「リュウ。言った事の責任は、取って貰うよ」 「はぁ? お前が困るだろうと思って、助け船出してやっただけなんだけど!」  火照る顔を逸らして隠しながら、焼きそばパンを頬張る。 「ふふ。同じサイトウだけど、結婚したら字が変わるな。一番簡単な『斉藤』から、一番難しい『齋藤』になるんだ」 「アホ、誰が結婚だ」 「リュウと僕が」 「そういう事訊いてんじゃねぇんだよ。わっ、スケベ、何しやがる」 「キス」 「だからそういう事を訊いてんじゃ……ん、んん」  苦情は、唇で塞がれた。俺の、ファーストキス。漠然と男の唇は硬いんだろうと思ってたけど、それはとても柔らかく、弁当に入ってたイチゴの味のするキスだった。 End.
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