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夢猫
「京の夢大阪の夢なんてことわざがありますけど、あれはどうにもつかみどころのない言葉ですな。夢ちゅうもんは時間も空間も超越しとるから京でも大阪でも自在に飛んで行ける不思議なもんやと言いたいんか思たら、京都もんと大阪もんの見る夢は違う、人の願望は様々やて意味を目にしたりもする。それこそ人の数ほど解釈ができますな。わてはいまだに意味がようわからん。白木はんもそう思いまへんか?」
白木進次郎は圧倒されていた。
割烹『招福』八代目主人を名乗る夢八の、のべつ幕なしの関西弁にではない。
夢八という男、身の丈二メートルばかり、横幅も同じくらいにあるが、それが理由でもない。白木とてタヌキのような太鼓腹では良い勝負だ。
面妖なのは全身を覆う艶やかな黒い毛に、頬より生えた雄々しきヒゲ。眼は爛々と金色に輝き、大きく裂けた口はニヤリと笑う。
黒猫なのだ、夢八は。昨秋、孫娘より修学旅行のお土産にと贈られた招き猫そっくりの巨漢が、割烹着をまとって話しかけてくる。実に異様だ。
白木がいるのはカウンター五席のみの小料理屋。もっと言えば彼の夢の中。目の前に置かれた白味噌仕立ての京風鍋はぐつぐつ煮えて、立ち上る湯気が陽炎のように揺れている。昨日、年が改まるとともに齢八十八となったが、こんなにも現実感のある夢は初めて見る。
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