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彼は窓際に置かれた机に向かって、何か書類を読んでいる。昨日もこのくらいの時間だっただろうか、同じ姿勢でいる彼を見かけていた。今日という日でもいつもと変わらない様子が彼らしい。この二階の廊下から一階にある彼の部屋が見えることに気が付いて以来、授業終わりに彼の姿を探すのが習慣になっていた。電灯の光が俯く彼の髪を柔らかく照らし、そこだけがほんのりと輝いているように見える。その光に吸い寄せられるように、僕は階段を駆け下りた。
からからと引き戸を開ける音に彼がこちらへと振り向く。突然やってきたにも関わらず、ひとつも驚いた様子を見せなかった。
「おや、ドジっ子新米教師。また怪我でもしましたか」
「ドジっ子って……」
「それとも、おてんば姫?」
意地の悪い表情を作って僕に向ける。
「それは、喜志先生のせいでしょう!」
「私のせい、ですか。私は姫井先生を助けてあげただけなのに?」
「う……」
助けてもらった、ということは間違いない。だがそのせいで、新任早々恥ずかしいあだ名を付けられてしまったのだ。
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