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三年前の入学式。それが僕の大きな初仕事だった。いっぱしの大人の顔をして準備に駆けずり回っていたけれど、まだ大学を卒業してほんの数週間しか経っていない、正真正銘の新米教師。だからどこか現実味がなく、ふわふわと浮かれていたのだと思う。式が始まる二十分前、体育館で新入生を出迎えなければならない僕は、肝心のクラス名簿を職員室に忘れてきてしまったことに気が付いた。今考えれば、名簿なんてなくてもどうにでもなったはずだ。しかし、当時の僕はそんなことに気づく余裕もなく、ずらりと並んで体育館へと向かう生徒たちの間を早足ですり抜け、最後の最後、職員室へと向かう階段で――盛大にすっ転んだ。
「痛ぁ……」
咄嗟につむった目を恐る恐る開くと、白い天井が目に入る。完全に仰向けに倒れてしまっていた。
「おい、大丈夫か?」
しばらく呆然としていたところで、突然視界が遮られた。少し乱れた呼吸が耳に届く。言葉の主は口調に反して僕の肩に優しく触れた。
僕はそのとき自分がどういう状況にいるのかをすっかり忘れて、目の前の人物に釘付けになっていた。頬にかかった細い髪が光に透けて金色に光っている。鼻筋は作りもののようにまっすぐだ。眉の形も美しい曲線を描いていて――それが険しく寄せられていなければ僕はいつまでも見つめ続けていそうだった。薄い色の瞳に、僕の呆けた顔が映っている。
「だ、大丈夫です……」
慌てて身体を起こそうとしたが、かくんと肘の力が抜ける。
「いきなり身体を起こすな。頭は打っていないか?」目の前の人が肩を押さえつけたまま鋭く言った。
「たぶん……」
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