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落下の衝撃で少しくらくらしてはいるが、頭は痛くない。目を覗きこまれて、そのままいくつか短い質問を投げかけられた。僕は急いでいたせいで最後の数段を踏み外しただけだという情けない供述をするはめになって、その言葉に綺麗な顔があからさまに呆れた表情へと変化した。
「脳震盪の心配はなさそうだが……とりあえず保健室で休むといい。どうせ入学式の間は誰もいない」
「入学式!」
ああ、なんということだ。僕はなぜ急いでいたのかって、名簿を取りに行くためだったじゃないか。そして入学式が終わったら、今日から僕のクラスの生徒となる子たちの名前を教室で読み上げなければいけない。こんなところで暢気に寝転がっている場合ではないのだ。突然舞い戻ってきた焦りに心臓が跳ね上がり、僕を押さえていた力のことをすっかり忘れて立ち上がろうとした。
「……捻挫だな。骨折かもしれないが」
ふう、と溜息が頭上から降ってくる。結局僕は一歩も進むことができていなかった。彼は床を這う僕の足元へと移動し、新品の――この日のためにあつらえた、すでに皺だらけのスーツのズボンをたくし上げて一言告げた。
「入学式に行かないと」
焦りだけが身体を急き立てる。しかし腰が抜けてしまっているのかどうしようもできない。
「その足で?少なくともきちんと処置をしてからだ」
「でも」
その瞬間、ふわりと身体が宙に浮いた。視界がくるりと反転し、天井が一気に近づく。
「ちょ、ちょっと!」
「暴れるな。落とすぞ」
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