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私が本当に久しぶりにミナミの声を聞いたのは、冬も終わりに近づいたある日の夕方頃だった。
限りない時間の連続の中の、なんでもないようにも見える一日の夕方に、のっぺりとした薄闇をさらに均すように電話のベルが鳴る。私はいつものようにベッドの中にうずくまったまま、手を伸ばして受話器をとった。
「風邪は治ったかい?」
低い、柔らかい声がそう言った。私はとっさに体を起こし、窓辺に駆け寄る。
「ミナミ、どこにいるの?」
「お前の家の周りにはいないぞ。キス魔ではあるけど、のぞきはしない。」
「残念ね。のぞき甲斐あるわよ、私の部屋。」
「お前は家で何をしてるんだよ。」
ミナミは豪快に笑った。とりあえず元気ではあるらしい。
「ちゃんと寝たり食べたりしてるの?」
「もちろん。でなきゃ今頃箱に入って宏のもとに送られてるよ。」
ミナミはそう言って自嘲気味に微笑んだ。目の前にいたらひっぱたいてやる、と私は思った。
「怒ってるの?」
私が黙っているとミナミはそう尋ねた。小さなふわふわの仔犬が飼い主の顔を見上げるように。
「怒ってる。」
「だろうと思った。」
そのことばからミナミの表情は判らない。大体目の前にいたってミナミの本当の表情をことばから推し量るのはたいていの場合私の手に余る作業だったのだ。私はあきらめて次のことばを待つ。
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