第八章:浄化の泉と呪いの魔書◾️

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第八章:浄化の泉と呪いの魔書◾️

 リドランへの旅で留守にしていた分の仕事の目処が立ち、多少時間の余裕が出ていた司聖補佐役のオーギュは久しぶりにアストレーゼン大聖堂内の図書館へ足を運んでいた。  なかなか行けずにいたので新鮮な気持ちで館内に入ったが、やはりいつもながら会いたくない彼は存在していた。図書館は好きで一日中入り浸りたいのだが、彼の顔はとにかく見たくない。  彼は自分の存在を確認すると真っ先に近付いてくるのだ。 「やあ、久しぶりだねぇオーギュ!君の顔を見れなくて私はとても寂しかったよ!」  巨大な本棚が広々とした館内に立ち並び来客も絶え間無く訪れる中、この膨大な数の書物を管理する立場である司書長カティルはオーギュに話しかけてきた。  真ん中分けの肩までのボブスタイルとハーフリムタイプの眼鏡をかけた、パッと見では感じの良い好青年。  紺色の司書向けの法衣を着用した姿は、オーギュのような魔導師にも見える。  気になる書物を物色していたオーギュは、話しかけてくる相手を無視した。 「久しぶりにここに来たって事は、私に会いたくなったって感じだね?体が疼いて疼いて仕方ないのかなっ?君にぴったりの本も沢山入荷してるからじっくり堪能するといいさ!」  誤解を与えてくる発言をひたすら放ってくる彼に、オーギュは「別に私はあなたに会いたくて来た訳ではありません」と突き放す。 「あなたの顔も出来れば見たく無かったんですけどね。本を借りるには嫌でもあなたに会わなきゃならないんですから。公休だって、聞いてもはぐらかして教えてくれないから仕方なく空いた時間を見て来てるんです」 「おや、教えたらデートでもしてくれるのかい?」 「死んでも嫌です」  とにかく拒否を続けるオーギュ。 「まあまあ、そんなに邪険にしなくてもいいじゃないか。…そう言えば、前回入荷した書物の中に君が興味ありそうなのを見つけたんだけどね。これがまた埃だらけの魔書でねぇ、文字もあまり判別しにくくて。君なら調べられるんじゃないかなってね」  カティルの発言を耳にしたオーギュはようやく彼の顔を見る。 「魔書?」 「そう、魔書。ほらあ、私は魔法関係はからっきしダメだからね。君なら分かるかと思うんだ」 「…その書物はどちらに?」  彼が言うには司書室の中で保管されてあるようだ。  流石に物が物なので、一般の本棚には置けないらしい。  魔書に興味を持ったオーギュの中で、ファブロスは『(オーギュ)』と直接脳内へ話しかけてきた。 「(何ですか?ファブロス)』 『(魔書を扱うなら気を付けろ。未知の領域だ、何が起きるか分からんぞ)』  ファブロスなりに何らかの異質な物を感じ取ったのだろうか。だがオーギュの経験上、様々な魔書を手に取ってきたが、そこまで変化のある物は見た事は無かった。  多分大丈夫だと思うけど、とファブロスを安心させながら、図書館の奥にあるカティルが保存している司書室へと向かう。カティルを前に、オーギュは案内されるまま部屋へ入った。  司書室は彼の専用の部屋で、私物の書物やコレクションしている理解不能な雑貨などが戸棚にひしめき合う。  ただ、それなりに片付けはしているようで一応室内はスムーズに動く事が出来る。一応寝泊まり出来るようにしっかりした寝具もあった。 「相変わらずの部屋ですね」 「一泊しても構わないんだよぉ、君が望むならね」 「嫌です」  即答するオーギュ。 「つれないなあ。ええっと…あったあった。これだ」  カティルは使っていない事務机の中から古ぼけた書物を手にする。両手を広げた位の大きさだった。  薄けた茶色い革素材の表紙には、掠れた文字の羅列。 「随分…古いですね」  本を受け取り、中を確認する事にした。埃と古本の独特な匂いが鼻を突き、つい鼻を押さえてしまう。  昔の魔術文字らしき文章と、魔方陣。そして薬草の類のイラストが描かれているが昔に作られた物なのか書いてあるものが全く理解出来ない。 「調べてみないと分かりませんね、これは」 これは流石に難解だ。  ぱたんと本を閉じたその時、オーギュは背後に気配を感じた。 『(オーギュ!)』  ファブロスが中で注意を促す。同時に、オーギュは背後からカティルに拘束されていた。 「なっ…!この、またふざけてっ」  やはりいつものカティルだと呆れ、体を押し付けながら抱き締めてくる彼から逃れようともがく。 「捕まえた。さぞかし君は美味しいだろうなあ」 「これを口実にこんな事をしたかったんですか、カティル!前から最低だと思っていたけど本当に最低ですねあなたは!」  抵抗を繰り返すオーギュの口を、カティルは右手で塞ぎ彼の法衣を空いた手でまさぐる。ちょっと!と慌ててその手を制止しようとするが、カティルの力はオーギュの力よりも強く防ぎようがなかった。  手は法衣を乱し、中へ中へと進んでいく。 「んっ、んん!!…っくう!」  びくびくと体が反応した。 「ん…んう…っ」  手慣れたように弱い部分を狙ってくる。憎たらしくなり、どうにかして隙を見つけようと試みるがなかなか見当たらない。 「(ふ、ファブロス)」  体内に棲むファブロスに声をかける。  だが彼の意識がいつものように流れてこない。 「君の魔力を頂くよ、オーギュ?沢山弱らせて弱らせて、気持ち良くさせてからたっぷり頂こう」  …魔力?  カティルの発言に、オーギュは訝しんだ。彼は魔法の力は無いはずなのは本人も良く分かっているはず。  さっきも、自分には魔法は駄目だと言っていたのだ。 「っ…んん!!」  弄る指が胸元に触れてきた。オーギュの体はびくりと動き、膝ががくりと落ちそうになってしまう。 「君は乳首に弱いねぇオーギュ」 「く…!んっ、…くふ…っ」  軽く擦るだけではなく、指で優しく摘んでは引っ張られてしまう。体がゾクゾクするのを止められない。  事務机に押し付ける形でカティルの体はオーギュを固定し塞いでいた手の指を数本、彼の口内に差し入れる。  オーギュはその手の内側に何らかの魔方陣が浮かんできたのを確認した。  何、これ…?  こんな模様は彼には無いはずだ。色々頭の中で考えていると、中を弄る指はオーギュの絶えず乳首を引っ張っている。 「ふああ…っあ、や、やめっ」 「気持ち良さそうだね。もっと可愛がってあげよう」  温かく、ややゴツめのカティルの指が舌先を絡めた。 「ちょっ…」  更に左の耳元で吐息を感じる。ぞわりと嫌な予感を感じ、オーギュは「駄目です!」と首を振った。  抵抗も虚しくカティルはオーギュの耳たぶを舐め始めた。今までに無い程の快感が彼を襲い全身が火照ってくる。 「い…っや!!やあ…っ」  情けない声が漏れた。すぐ聞こえる水音が直接頭に響き、熱く湿った舌がオーギュを更に責めていった。 「…どうだい?気持ちいいだろう…」  やけに艶っぽく聞こえてくる優しい声。 「はっ…はあっ、嫌だっ…んっ」  口内を弄ぶ手の平の謎の魔方陣が暗く淀みながらゆっくりと回転を始めていた。  やはりこれはおかしい。  同時に、徐々に自分の体から力が抜けていくのを感じてオーギュは必死に中に居るファブロスに声をかける。 「あはぁっ、は…や、やめなさ…」  カティルは夢中でオーギュに耳責めをしながら体を探り続けていた。その度に嫌でも反応してしまう。  唾液が指に絡まり、つうと溢れ落ちていく。  カティルはオーギュの顔を自分に向かせ、その唾液を優しく舐め取った。  赤く熟れた舌を出し、妖艶さを含ませながらカティルはオーギュの唾液を満足げに飲み込む。 「もっと気持ち良くなりたいだろ、オーギュ?」  まずい。このままでは本当にまずい事になる。  オーギュはちらりと自分の手の甲に刻まれた紋様に視線を落とした。  ファブロスの意識があれば、紋様の色が濃く浮かぶ。しかし今は色味が無い。  謎の力が働いて制御されている、と理解した。  カティルは弱まってきたオーギュをうつ伏せ状態で床に押し倒すと、彼を押さえながら自分の服に手をかけた。 「君の中はとても狭そうだ。でも食べ甲斐がある」 「く…っ」  うつ伏せにされると同時に、眼鏡が床に転がってしまう。裸眼のままでオーギュはカティルを振り返り、きつい大勢のままでどうにか逃れようと身を捩っていた。 「さあ、オーギュ。私が君を魔力ごと食べてやろう。怖くないからね」 「冗談じゃないっ、お断りです!」  服の前を開けたカティルはオーギュに覆い被さった。  オーギュのベルトのバックルを外しながら、彼は顔を首元に埋めてくる。  魔導師のオーギュの力ではカティルの力は馬鹿力並みで、いとも簡単に脱がされていった。  上の衣服を引きはがすと、オーギュの象牙色の背中がカティルの目に晒された。  しなやかで均整の取れた象牙色の肉体。その背には、魔導師の証明とされる大きく黒い模様が描かれていた。  背中に大きく広がる魔力の証。  それを見るや、カティルはほうっと恍惚感に溢れた吐息を漏らす。 「君は凄く魔力の高い魔導師なんだねぇ、オーギュ。余計食べたくなってきたよ。何て素晴らしい。楽園の果実のようだよ」 「何言って…頭がおかしいんじゃないですかっ」  押さえ込まれつつ、腕を使いカティルを払おうとした。 「ああ、早く食べたい。オーギュ、私に食べさせて下さい、君を食べてその甘い汁を啜りたい!さあ!」  その背中の模様に当てられたのか、完全に興奮状態になるカティルはオーギュに襲いかかってきた。 「やめなさいっ、嫌だっ…」  必死の訴えも聞かず、最終的にその顔面を殴ってやろうと思っていたその時だ。  突然体への重みが無くなった。咄嗟に上体を起こし、脱がされた衣服を着る。  カティルの方へ目をやると彼は気絶状態となっていて、いつの間にか出現していたファブロスによって首根っこを掴まれていた。 「ふ、ファブロス…どうやって出てきたんです」 『お前と意識が繋がらないからな。意識を繋げたままだと出られないから一時的に遮断させて出てきた。えらく厄介な物を持ち込んだものだな、この人間は』  人離れした美しさを持つ彼は、涼しい顔のままカティルを掴んだ手を離す。そのまま彼は床に倒れ込んだ。  人化したファブロスは『魔書だ』とカティルの異変の理由を話す。 『この書物にタチの悪い物が取り憑かれている。元々こいつは魔力が無いから、操作しやすかったんだろう』 「………」  ファブロスは魔書に一時的に力を制御する印を作り上げていく。表紙に作られた印は白く輝き、じわじわと内部の抵抗を抑えて中へ吸収されていった。  オーギュは身を整えながらようやく立ち上がる。 「そこのベッドにカティルを寝かせて下さい。放置してもいいけど、状況が状況ですからね」  主人とは違って力があるファブロスは、難なくカティルを抱えてベッドへ寝かせる。気を失ったままだが、魔書の毒気を浴びた彼は目を覚ますのだろうか。 「あなたが出てくれたから助かりましたよ」 窓からたまに差し込んでくる日の光は、ファブロスの銀糸のような髪を美しく輝かせていた。ふっと彼はその言葉に微笑む。  その爽やかな笑みとは裏腹に、彼は先程の感想を聞きたがった。 『気持ち良かったか、オーギュ?』 「はい!?」  ついオーギュはおかしげな声を上げてしまう。 『お前の感度の良さは私にも伝わるからな。体を弄られながら耳を責められるのは最高に良かっただろう』  何を言うのか、こいつは。  ファブロスは動揺する主人の腰を抱き、いきなり唇を自らの唇で塞いできた。こんな所で何をするのだとオーギュは彼の腕の中で暴れる。 「何ですか、放しなさいっ」  ベッドの近くの本棚の側面にオーギュを押し付けながら、ファブロスは口づけを繰り返してきた。 「放しっ…カティルが起きてしまうっ」 『大丈夫だ。外部からの魔力の干渉に当てられた者はしばらく目覚めない。私はお前の精が欲しい』  ファブロスはオーギュの両手を掴み上げると、軽めの詠唱を口走った。  何、と身を強張らせるオーギュ。  同時に光の手枷が彼の両手首にかけられ、完全に不自由な形で拘束されてしまった。これから自身に起こる行為をすぐに予想出来てしまう。 「あ…っ、う、嘘…」  全身が再び熱くなる。完全に閉めていないオーギュの法衣の前を開くと、指で体の線をなぞりながら『お前も満足したいだろう』と意味深に微笑んだ。  オーギュはファブロスから顔を逸らし、ぶんぶんと首を振る。 『嘘をつくな』  彼の両手がオーギュの乳首を責めてきた。同時に彼の隙間がある方の首元に顔を埋めて耳の穴をゆっくりと舐め始める。  全身がビリビリとした強い刺激に苛まれた。 「ひっ…はあああっ、は!」  下腹に快楽が集中していく。  先程のカティルからの愛撫と、今のファブロスから与えられる快感が積み重なってきたせいで、オーギュの体がすぐに反応を繰り返してしまう。  そして耳の中を責める水音。  ぴちゃぴちゃと頭に入ってくる卑猥な音が、平常心を減少させてくる。意識が飛び、その都度強い刺激を受けてしまう。  気付けばオーギュはファブロスに懇願していた。  はあはあと喘ぎながら涙を零し、身を震わせて悶絶を繰り返す。とにかく早く楽になりたい。 「お願い…もうっ、我慢出来ない、早く終わらせて下さいっ」  枷をつけられながら愛撫され、更に頭の中まで侵食されてはもう駄目だった。甘い刺激がきつすぎる。  ファブロスはいとも簡単に陥落し、懇願する姿を見て更に興奮したらしく、耳の中を更に執拗に責めた。 「ひゃあああっ!?」 『堕ちるのが早過ぎる。プライドの高いお前がもっと乱れるのを見たいというのに、早く終わらせろだと?』  限界まで弄られ続け、だらしない姿で特長のある切れ長の目を蕩かせていく。  頭の中がおかしくなる。耳を執拗に責めていく音が、今までに無い位オーギュを苦しめた。  ファブロスは再度オーギュと口づけを交わす。 「ん、んうっ」  身を捩り、キスに応じると混じり合った唾液が溢れた。  ファブロスは優しくそれを指で拭い、胸元に唇を滑らせていく。 「はっ…はあっ、あ…」  ベッドにはこちらに気付かず眠るカティル。それが余計に罪悪感を感じさせ、興奮した。  ファブロスが音を立てながら乳首に吸い付いてきた。 「んあっ…やあっ」  背中を軽く打ちつけて乱れる様子が堪らないらしい。ファブロスは『いい格好だ』と褒めた。  自分がこんな声を上げるとは思わなかった。  気が付けば、オーギュは身を震わせひたすら甘い嬌声を口から放ち身をくねらせている。こんな事あってはならないのに。 「あ…っ、ああ…!」 『こうなれば、主導権は私になるのだな。意外なものだ。私は常にお前に従う立場なのに、この場では主人になれるのか』 「………?」  うっすらした目をファブロスに向ける。 『私が欲しくなったか、オーギュ?』  どういう意味なのか。きょとんとしていると、彼はオーギュの顔を両手で優しく包み込む。  似たような色味を持つ瞳がぶつかり、お互いの姿を映し出していた。 『解放して欲しいのだろう?では私にお願いをするんだ。この美しい唇で、丁寧にな』  オーギュはギリっと一瞬だけ強くファブロスを睨んだ。辛うじて、まだプライドは残されているようだ。 「私はあなたの主人ですよ」 『そうだ。通常ではな。だが今はどうだ?両手を縛られて、他人から受けた快感でどうしようもなくなっているだろう。お前を解放出来るのは私しか居ないんだぞ』  ファブロスは彫刻像を思わせる顔で諭しながら、一番オーギュが弱い場所を再び責めていく。  耳を舌先で愛撫し、全身を優しく撫で回しながら『これでも我を張るか?』と意地悪をし始めた。 「ひい!?」  びちゃびちゃときつめの音が近くで聞こえる。 「やめっ、やめて下さいっ…」  舐められる度に変な感覚に陥ってしまいそうだ。自分の中の何かが、嫌がりながらも喜んでいる。 『もっとしてくれ、だろう。この体はそう訴えている。嘘をつくな』  全身が熱い。熱くて酷く疼く。涙を流し、汗だくになりながらファブロスによって更に乱されていく。 「ああっ、ふ…や…っ!!」  もう耐えきれず、オーギュは飢えた犬のごとく快楽を渇望していた。 『さあ、どうして欲しいのだ?』  法衣の下に身につけているパンツですらむしり取られ、恥ずかしい姿になったオーギュ。それがやけに艶めかしい姿でファブロスの眼前に映し出される。  一方でオーギュは情けなさと恥ずかしさで混乱していた。こんな格好、誰にも見られたくない。  部屋中には淫靡な匂いが充満していた。  完全に濡れそぼり、オーギュははち切れんばかりの自身をファブロスに晒し、みっともなくその身を快楽にくねらせる。 「…く…早く、飲んで下さいっ…」 『ふん。あまり可愛くない頼み方だ』  不満気だが、彼はオーギュが少し楽になるように性急に精を貪り始める。やっと解放される、とオーギュは腰をゆっくり動かした。  口内の刺激はやはり甘く、すぐに体が反応を見せる。  はあはあと荒く呼吸を繰り返していると、オーギュは違う場所に刺激を感じた。  同時にそれは理解出来ぬ混乱を引き起こす。 「ふ、ファブロス!?そこは違う、一体何を!」  彼の指は尻の間を進み、あり得ぬ箇所に入り込もうとしていた。自身を吸いながら、指はオーギュの中へ無理に入っていく。 「い…っや、痛い!やめて下さい、痛っ」  やがてその指先からじわりと暖かさを感じるようになってきた。何らかの魔法なのか、次第に痛みが消えていく。指の動きにより、中から水音が微かに聞こえる。  同時に広げられていく感触がした。 「は…っあ、ああっ…あ、んんっ」  何故なのか。その体の変化にオーギュは気付いていた。  指の動きに合わせ、自分が喘ぎ声を放っている。 「あ…!や、はあっ…ああ、あ!」  爆発する。全身の快感が一ヶ所に集まるのを感じる。  ファブロスの指先で醸し出される快感と、口で責められる快感が合わさり、縛られながら一気に上り詰めた。 「あぁあああ…っ!!」  最後の一滴まで飲み切った後、ファブロスはおもむろに立ち上がり強引にオーギュの片足を抱えてきた。  終わったと安堵する間もなく。 「えっ!?…やっ、何!?」  ぞわりと嫌な予感を感じた。この様子はおかしいとオーギュは気付く。ごそごそとファブロスが自分のパンツのファスナーを下ろすのを見るなり、オーギュはハッと我に返った。  まさか、と。 「嫌っ、ファブロス!やめなさい、やめてっ」 『…人の姿なら大丈夫だろう。私は、お前が欲しくて堪らなくなった。これは何の感情なのだろうな』  押し戻そうとするが、両手が不自由なままだった。  逃げ場が無い。  オーギュはそのままファブロスに抱えられ、抵抗も虚しく受け入れるしか無かった。そのまま熱くなった体内へ、ゆっくりと異物が挿入されていくのに従うだけ。 「うぁあああ!?」  …今までに経験した事が無い痛みが全身を襲う。  それはミシミシとオーギュを裂き、凶暴に内部を突き立ててきた。酷い圧力が全身を襲ってくる。 「いや…っ、いやぁあああっ、あああ!!」  両手の枷が解かれる。くっ、とファブロスはオーギュを抱き締め、端正な顔を歪めて呻いた。  食い千切らんばかりに、熱く膨張したそれはまだじわじわと入り込んでくる。  キツすぎる痛みに耐え、自分の背中に両手を回して身を仰け反らせるオーギュの頭を、ファブロスはゆっくり撫でた。 『落ち着いて呼吸をするんだ。…そうだ、そのまま』 「痛い…痛いですっ、何でこんな…ぁ」  次第に全て埋まったのか、ファブロスはゆっくり動き始めた。多少気が紛れるように、オーギュの耳を舐めながら腰を動かしていく。 「痛っ…ああ、んっ…」  腰を進めていくと、やがて体液の絡まる音が中で響いてきた。  自分もあの魔書の毒気に当てられたのかもしれない。そうファブロスは思った。もしかしたら、オーギュも。 「ああっ…あ、ふあ…ファブロス、変だっ、これ」  あらかじめ魔法で奥を広げて解した甲斐があったらしい。オーギュは挿入されたのが初めてとは思えない程夢見心地な甘い声を上げていく。 「あ…やあっ、ふ…」 『可愛い顔も出来るじゃないか、オーギュ』  ファブロスは弱る主の唇を激しく奪う。  波のように快楽の奔流を受け続けていく毎に、繋がった部分からは卑猥な音が大きくなった。 「はあっ、あ…!体が熱い、おかしくなっ…」 『…いい。いいぞオーギュ。まさかお前と交尾する事になるとはな…っ!』  やがて動きは激しくなり、ファブロスの責めに耐えきれなくなってきたオーギュはあまりの刺激に意識が飛ばされてしまう。  その後主人の体を存分に突き、ファブロスは三度目の体内への放出の後ようやく彼を解放した。  乱れ、自分の体液に塗れ気を失ったままの主人。  ファブロスはそんな彼の体を抱き締め、その綺麗な顔にキスの雨を降らせていた。  あれから数時間後。  勝手にシャワーを借り、服の汚れも洗い流したオーギュは、ようやく毒気が抜けたカティルを叩き起こした後で魔書について問い質していた。  ファブロスはカティルが眠っていたベッドで、獣に戻って悠々と休んでいる。ふかふかのスプリング式のベッドが大層気に入ったらしく、ゴロゴロと大きな体を転げさせていた。しかしベッドよりも自分が大きいのか、下にどしんと激しく音を立てる。  かなり強い力で叩き起こされたのか、カティルの頭には氷嚢が乗せられていた。 「混じっていたんだよ、その本。だけどなかなか面白そうだったからねぇ。レトロ的な意味で。魔導師の君なら解読とか出来るかなって思っただけさあ」  ボロボロの書物を手に、オーギュはふむと考え込む。  依然取り憑かれたままだが、ファブロスによって呪いの類が出ないように封じ込めているので、彼が印を解かなければ今は安全そのものだ。しかし元々は何の本なのかをオーギュは知りたかった。  ふあ、とファブロスは軽くあくびをする。 「で、中身とか読めるかい?」 「読めるも何も、これ呪われた代物ですよ。最初から最後まで読むには呪いを解かないと」  カティルは「ほう!」と声を上げた。 「それならロシュ様が専売特許なんじゃないかな?呪われたものを解除するのなんて、司祭様の力なら余裕だと思うけどね」 「なるほど…」 「良かったらその本、持って行っても構わないよ。ほら、私なんかが持っても仕方ないしねぇ。呪いの本ならこっちまで取り憑かれたら大変だし」  にこにこするカティルに、オーギュは「既に手遅れですよ」と愚痴交じりに告げた。  そのせいであんな事をされる羽目になるとは思わなかった。情事を思い出してしまい、オーギュはついカティルと奥に居るファブロスから顔を背ける。 「手遅れって何なんだい、オーギュ!?わ、私に何かが起きるのかい!?」  がっしとオーギュに掴みかかるカティル。  彼の手の平に紋様が出現していたが、今は消えている。そして魔書の呪いを一時封じ込めているので平気だろう。だが仕返しのつもりで、わざとオーギュは素知らぬふりで誤魔化していた。 「知りませんよ。どうせあなたは鈍いから、変な呪いがかかったとしても気付きゃしませんし。両手からアロエの葉が生える程度じゃないですか」 「両手からアロエ!?嫌だよ!!」  適当な発言をしただけなのに、彼は本気で真に受けていた。あわあわと困惑の顔を見せてくる。 「いいじゃないですか、アロエは体にいいですし。たまには人のお役に立ってみてはどうです。…とりあえずこの本は借りていきます。呪いを解いてみないと後は分かりませんから」  まるで普段は全く役に立たないと言わんばかりの言い草だ。  オーギュは不安にかられるカティルを放置し、ファブロスに帰りますよと声をかけた。彼の召喚獣はもそもそとベッドから降り人の姿に変化した後、すっくと立ち上がる。  いきなり獣から人に変化したファブロスを目にし、ついカティルは「ファッ!?」と後ずさりした。初見ならば当然の反応だ。 「どなたです!?」 『さっきからそこに居ただろう』 「彼はファブロスですよ。獣姿で大聖堂をウロウロされたら騒がれますから、中を歩く際は人の姿になるように教えているのです」  すらりとした文句の付け所の無い美丈夫を眺め、ほああぁ…と感心していた。きちんとした制服のような衣装を与える辺り、オーギュの大聖堂への配慮も感じられる。 「宮廷剣士と似たような服だねえ」 「でしょう。昔のデザインらしいので今は使われないみたいなのです。きっちりした服を身に付けるのを最初は嫌がりましたけどね」  注目されて居心地が悪かったのか、ファブロスは『オーギュ』と促した。 「分かりましたよ。…ではカティル。この本をお借りします。何かあったらまた来ますから」 「そ、そうかい?私の両手からアロエが生えてくる前に、どうにか呪いを解いておいておくれよ?」  彼は人にセクハラを働く癖に、自分が呪われて両手からアロエが出るのは嫌なようだ。 オーギュは適当にカティルへはいはいとだけ返し、ファブロスと共に司書室から出た。  司書室で過ごす時間が長かったようで、既に夕方が近くなっていた。変な事に時間を取られ、オーギュは深く溜息をつく。  図書館から廊下に出て、来客者用に振る舞われている自動給茶機でお茶を汲む。 先にファブロスに渡すと、彼はぐいっとそれを勢い良く飲んだ。 『オーギュ』  ファブロスは疲れを見せるオーギュを横目で見た後、いつもの穏やかな調子で『良かったか』と問う。 「え?何がです」  自分もお茶を口に含む。冷たいお茶と温かいお茶を選べるが、彼は温かい方を選んでいた。 『私はお前を満足させたか?』  オーギュは意味をようやく理解し、含んでいた茶をブフォッと勢い良く噴き出してしまう。  苦味成分が喉元に引っかかり、余計苦しい。 『どうした、オーギュ』  激しく咽せる主人の背中を優しく撫でるファブロスは、まるで自分が変な発言をしている事に全く気付いていないようだ。 「げふっ、けはっ…かはっ、何をいきなり!」 『?』  ファブロスはまるで分かってない顔をする。口元をハンカチタオルで軽く拭い、急いで床も綺麗にした。  顔を真っ赤にしながらオーギュはファブロスに注意する。 「変な事をいきなり言わないで下さいよ!」 『変な事…交尾の事か』 「こっ…」  人と獣の意識の違いを感じる。  動揺する自分とは違い、ファブロスにとってさほど恥ずかしいという意識が無いのだろう。  なるべく行為中の事を思い出したく無いのだが、きちんと納得のいく説明をしなければならない。  体内に入り込んだ際の痛みはファブロスが軽度の魔法で治癒してくれたらしく全く気にならないものの、記憶はどうしようもないらしい。 「…えっと…」 『何か』  やはり最中を思い出し、羞恥で顔を赤くしながらファブロスに上手く説明しようと考える。腰に片手を当て、ううんと頭を抱えながら「あのですね」と切り出した。 「ひ、人前ではその…何というか、あのような秘め事、ですかね。その事をむやみに口にしないようになさい。他は分かりませんが、人間はとにかく恥ずかしがるので」 『オーギュは恥ずかしいのか』 「当たり前じゃないですか!」  自分の痴態を他人に晒す事自体、思い出すだけで穴に入りたくなる気持ちになるのだ。しかも自分の精液を飲まれるだけではなく、最終的にあんな事になるなんて。  こんな話を振られ、誰が喜ぶのか。 『そうか。それなら気をつけてやろう。そうか、可愛く乱れたお前の姿を知るのは私だけ』 「…くれぐれも言わないようにしなさい!」  言いかけるファブロスの口を、顔を真っ赤にしたままオーギュは力強く手で塞いでいた。  大聖堂の中庭内にあり、軒並み立ち並ぶ露店前に設置されている簡易テーブルに座るリシェ。  パラソルの下の席で、一人フルーツてんこ盛りな大きさを誇るパフェを見つめている。  ある店舗のポイントカードがこの度全て満タンになり、好きなメニューを無料で注文出来るという恩恵に預かる事が出来たので、無表情だが感無量な気分に浸っていた。スプーンとフォークを握りながら。  …ようやくポイントが貯まったのだ。  なかなか店に来る事が出来ず、ポイントの集まり具合も滞っていたのだがどうにかこの時を迎える事が出来た。  しかも毎回ありがとうねと特別にチーズケーキまで添えてくれた。パフェに上手く組み込まれたそれを見て、リシェは目を輝かせてしまう。 「リシェ様はいつになったら食べるのかねぇ」 「さあねえ…」 「提供してから十分は経ってるよ」 「余程嬉しかったんだろうなあ。無表情だけど本当に可愛いねぇ」  露店の従業員達はリシェを観察しながら談笑していた。 「あっ、やっと食べるよ」 ようやくパフェにスプーンを入れ、一口目を頬張る。  口に入れ、飲み込むと彼は味を噛み締めているのか頭を垂れてぷるぷると身を震わせている。 「あっ、ぷるぷるしてる!嬉しそう」 「子供らしい所もあるんだねぇ」  観察されている事に気付かないリシェは、甘い贅沢品を存分に楽しんでいた。  そこへ、二人の青年が近付いてくる。 「リシェ」 「オーギュ様」 『何だかいいものを食べているな』  もぐもぐとパフェに付いていたフルーツを口に入れ、リシェは「ポイントがやっと溜まったんだ」と戦利品を自慢した。  オーギュは豪華なパフェにふっと目尻を緩ませた。 「美味しそうですね」 「ポイントが貯まったら、絶対これにするって決めてたから」  ファブロスも興味あり気に『ほう』とまじまじと眺める。そんな彼に、オーギュは食べますか?と問う。 『いや、今はいい。満腹だ。さっき存分に頂いたからな、お前のせ』  余計な事を言いそうになるファブロスの横っ腹に、オーギュは反射的に強めのチョップを食らわせた。  ファブロスは突然の攻撃に、軽く呻いて体を傾ける。 『ぐ…っ』 「そういえば、ロシュ様はご一緒じゃないんですか?」  誤魔化すかのようにオーギュはリシェに問う。自分も時間に余裕があるのだから、当然一緒に仕事をしていた彼も時間があるものだと思っていたのだが。  リシェはパフェを黙々と口にした後、「塔の下の厨房で何か作ってますよ」と答えた。 「ああ」  気分転換か、とオーギュは納得した。  彼は時間に余裕があれば大聖堂内の厨房の一部を借りて料理をする。種類は主にお菓子などだが、たまにワインのお供など気まぐれに作り上げ、自分達だけの分だけでなくその場の職員にも振る舞っていた。  仕事の邪魔になるのではないかと不安だったが、その甘いマスクと外面の良さで、主婦層の職員には大変歓迎されているようだ。 「何かご用がありますか?」  チーズケーキを食べるリシェ。 「え?…いや、あの人にこの本の呪いを解いて貰おうかと思ってたんですけど」  カティルから預かった古い書物をリシェに見せる。 「呪い?それ、呪われてるんですか?」 「ええ。今は一時的に効力が出ないように封じていますので触る位なら大丈夫ですよ」  物騒な会話をする中で、ファブロスは周囲を舞う蝶を見つけてふらふらと追い始めていた。  青と黄色と赤が混じり合った幻想的な蝶だ。  このような美しい蝶は初めて見たと感動しながら追いかけていると、ふと上空からの微弱な風の流れに気付く。 『ん?』  上に目を向け、ファブロスはその正体を確認する。  ぱしっ、と彼は上から飛んできた丸い物をキャッチした。何だろうと手の中に目をやると古びたボール。 『オーギュ、何故かボールが降ってきたぞ』  主人の元に踵を返し、ファブロスはボールを見せながら知らせる。それを見ると、彼はまたかと舌打ちした。 『何だ、分かるのか』 「今取りに来ますよ」  リシェは魔書を眺めながらパフェを食べていた。  やや時間を開け、ようやくボールを探しにやってきた宮廷剣士の男が中庭に姿を見せてくる。 『ヴェスカだ』  きょろきょろと辺りを見回しボールを探しだす彼に向け、オーギュは「探し物はこれですか!」と怒鳴った。  怒りの声に、ヴェスカはびくりと反応する。そして今会ってはいけない相手を見るなり、まじかぁ…と気まずい顔をした。 「よく飛ばしますね」 「えへぇ、そ、それほどでも」 「以前私にホームランボールぶつけて以降、ボール遊びは禁止したはずですが」  怒り心頭のオーギュにへこへこしながら、ヴェスカはこちらに近付いてきた。 「今回はファールボールです」 「何言ってるんですか、前回と同じ方向でしょう!」  何故禁止したにも関わらずボール遊びをするのか。  ヴェスカがボールを受け取ろうとテーブル席まで来た瞬間、突然彼の大柄な体が弾き飛ばされた。 「うあ!?」  まるで見えない壁に押し出されたように。 『オーギュ、いくら腹が立ったからって弾く事は無いだろう』  ファブロスが非難の声を放つが、オーギュは「私じゃないですよ」と反論する。  弾かれたヴェスカは何が起こったのか分からず、再び立ち上がって近付いてみた。  そして弾き飛ばされる。 「何これ!?」  本人にも理解出来ないらしく、今度は猛ダッシュして近付いた。だがバシンと凄まじい反発音と共に、ヴェスカの体が弾かれてしまう。 「お、オーギュ様!?いくら俺が好きだからってそこまでする!?」  尻餅をついたままでヴェスカはオーギュに訴えた。 「私は何もしていませんよ!」  それまで魔書を眺めていたリシェは、おもむろに立ち上がるとそれを持ったままでヴェスカに近付いてみた。 「んん?何だよリシェ…」  すると、リシェが手にしていた魔書がヴェスカから逃げるかのように逆方向へ弾かれていた。  全員、無言で芝生に落下する魔書に注目する。 「はは」  リシェはつい悪そうな笑い声を上げた。 「…何、どういう事!?俺あの本に何かした!?」  オーギュは腹の底から込み上げてくる笑いを押し殺し、いや…と切り出した。 「多分、あなたとは相性が悪過ぎるんでしょう」  弾き飛んだ魔書を拾いリシェはまた戻って来たが、やはり魔書はヴェスカを避けて同じように弾き飛んだ。 「腹立つなぁ!このやろっ!」  今度はヴェスカが魔書に近付いた。すると彼目掛けて突如突風が発生したかのように、先程よりも激しく吹っ飛ばされてしまう。  ぶわあっ!と煽りを受けながら、彼は「何でだよ!」と叫んだ。 『前世で何かしたんじゃないのか』 「前世で!?俺が!?そんなん知るか!」  妙に可哀想に思えてきたオーギュは、尻餅をついているヴェスカに立ちなさいと手を差し伸べる。  促され手を取って立ち上がったヴェスカは、目の前に居るオーギュをまじまじと見つめると無言で抱きしめた。  突然の事に固まるオーギュ。 『ヴェスカっ!!!』  ヴェスカの蛮行に怒鳴るファブロス。 「何でだろうなあ」  そこに魔書を手にしたリシェが近付くと、ヴェスカだけ弾き飛ばされてしまった。  司聖の塔へ戻ったリシェは、預かってきた魔書を手にロシュの部屋へ足を踏み入れる。  ノックしても返事が無かったので、まだ厨房に居るのだろう。自分が留守にしていても好きなように部屋に入りなさいと言ってくれたので、リシェは安心して彼の部屋に出入り出来た。  魔書をテーブルの上に置き、あくびをしながらベランダに出る。風は緩く、部屋に張り巡らせていたレースのカーテンも揺れがあまり無い。  塔から一望出来るアストレーゼン一帯を眺め、リシェは一人ぼんやりと過ごせる時間を堪能していた。  大聖堂を囲む木々の更に奥に小さく見える城下街。  そして塔から離れた先で、同じ高さで平行に佇んでいる時計塔もお洒落だ。  遠くの城下街では人の姿は流石に見えないが、ここから大パノラマで見渡せる景色が気に入っていた。新鮮で澄んだ空気も、疲れた体がリラックス出来て好きだ。  しばらく景色を眺めた後で部屋へ戻ると、床に一枚の白い紙が床に落ちているのに気付く。  厚みのある立派な便箋。  中身を見る事は流石に憚られ、すぐに折り曲げようとしたが不意に中身の一部が見えてしまった。  リシェはそれを見るや、ぴたりと動きを止める。  便箋に丁寧にしたためられた、跡継ぎの文字と婚姻という文字が飛び込んできたのだ。 「………」  そうだ。ロシュ様はそんな話が出てもおかしくない。  自分が彼の一番までにはいかないが、一番近くに居られる事に浮かれていた。彼が他の誰かを娶れば、自分はどうなるのだろう。  そのままここに居る訳にもいかない。  例え居ても構わないとなったとしても、ロシュが誰かを愛するのを目の当たりに出来るのだろうか。想像するだけで、ぞわりとした。 「リシェ?…戻っていたんですね、おかえりなさい」  便箋を手に固まっていたリシェは、ぎくりと体を強張らせて振り返った。  ロシュが大きめの紙箱を手にしながらいつものように華やかに微笑んでいる。  咄嗟に便箋を隠したリシェに対し、彼は不思議そうに「どうしました?」と首を傾げた。 「何かを見たんですか、リシェ?」 「あ、あの…ごめんなさい」  後ろに隠してしまった便箋を、リシェは諦めてロシュにおずおずと手渡す。ロシュは箱をテーブルに置くと、受け取った便箋に目を向けた。 「床に落ちてたから…」  しゅんと俯き、リシェは表情を強張らせた。一方で、便箋とリシェを交互に見た後に、ロシュはくすりと笑う。 「私が結婚するかもと思ったんですか?」 「違いますか?」 「…そうですねぇ、周りも色々うるさいですからね」  意味深な言葉を言って、ロシュはリシェの様子を眺めてみた。人を試すのは良くない事だが、彼の反応を見たかったのだ。  リシェは更に表情を暗くさせ、ですよねと呟く。 「私は一人っ子なので、余計に言われますし」 「………!」 「年も年だしねぇ…」  やたら現実的に聞こえてきて、リシェはロシュに背を向けた。ふるふると震えそうになるのを我慢する。  その姿がロシュにとっては堪らなく可愛く見えていた。 「おや、リシェ」 「は、はい」 「どうしましたか?」 「何でもないです」 「ほんとに?」  ロシュはリシェに近付くと、背後から優しく抱き締める。ぴくりと彼は小動物のような反応を見せた。  震えるリシェの耳元で、彼は「結婚しようかな」と意地悪な感じで話した。 「う…どなたか、見つけたんですか」 「そりゃ勿論。分かってるくせに」  きゅう、とリシェは目を閉じる。そんなの知らないよと。跡継ぎを作れない同性の自分には関係無い話ではないかと。  頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだ。  ロシュは泣きそうになっているリシェを抱き締めながら「私と一緒に居たくない?」と問う。  はっとリシェの目が見開かれ、更に大きくなった。 「居たいけど、ロシュ様」 「ね、リシェ。私は司聖になった段階で、実家の跡継ぎの候補者から抜けているのですよ。司聖の立場の方が一族には自慢になりますからね」 「………?」 「こんな手紙を出してくるのは、私に娘をくっつけたいと下心を持った親戚の人達だけです。それに、家の跡継ぎは他に候補者が居ますからね。私には全く関係ないし興味が無い」  ロシュは自分の騎士の向きをくるりと自分に向けさせた。 「ですから、あなたがこのような話を真に受ける事は無い。他人に勝手に結婚相手を選ばれる位なら、私は一人を貫き通しますよ」  ぴとぴとと柔らかさを確かめつつ、リシェの顔を優しく撫でる。彼を迎え入れてから、彼の美少年っぷりは噂になる程で、司聖はリシェを毎晩大層可愛がっていると尾ひれをつけて好き放題言っているようだ。  実際可愛がっているのだから仕方ない。本音を言えばもっとえげつなく可愛がりたい。夜な夜なその小さな体を抱き、彼の体内に自分の刻印をこれでもかという程刻み込みたいのだ。  リシェは自分の魅力を全く分かっていないだけに、余計愛でたくなる。 「拗ねていたのですか?」  図星を突かれ、リシェはハッとする。 「違います、そんな事は!」  慌てる様子を見たロシュはくすっと笑い、嘘をおっしゃいと彼の唇に軽く親指を乗せた。そのままつうっと優しく形をなぞった後、「あなたはとっても分かりやすい反応をするんですよ」と微笑む。 「す、拗ねてないです」 「本当?じゃあどうして泣きそうな顔をしているんですか?」  ぐぐっと何かを我慢するリシェの表情。  大人ぶって、自分を必死に大きくしようとする彼が感情の高ぶりを我慢しようと耐えているのがとにかく可愛かった。 「ロシュ様が結婚するのかと思って」 「私が誰かと結婚するのが嫌だったんですね?」  顔を赤く染め、ロシュの質問にリシェは小さく返す。 「……やだ…」 「聞こえなかった。もう一回言って、リシェ?」  自分の気持ちを知っているくせに、ロシュはわざと質問してくる。  なかなか本音が言えずにいるリシェは、絞るように再び同じ事を呟いた。 「やだ…いやです」 「もう一回、リシェ」 「な、何で同じ事を何回も言わせるんですか!」  完全にからかわれているのを感じ、リシェは泣きそうになりながら感情を露わにする。照れ臭くてもう口に出せなかった。  ロシュは彼をぎゅうっと抱き締め、「はぁああ」と幸せそうにその華奢な体の感触を楽しむ。 「リシェは私とずっと一緒に居たいのですね。嬉しい」 「うう…知ってるなら意地悪しないで下さい!」  満足そうなロシュに軽く膨れ、ぷいっと子供っぽく顔を逸らした。 「まあまあ…そんなに怒らないで。あなたの反応がとても良くてつい」  それまでいじけていたリシェは、ロシュを抱き返した。  ふんわりと、ロシュからいつもの爽やかで甘酸っぱい香りが漂う。彼が好んで身に纏う柑橘系の香り。 「そうだ、リシェ。お菓子を作ってきたのですよ。お腹が空いたら食べましょう」 「あの箱はお菓子だったんですね」 「はい。アップルパイですよ」 「今は?」 「今食べたいんですか?あなたパフェ食べたばかりでしょう。張り切ってポイント貯まったから食べに行くって言ってましたよね」  こくりと頭を傾ける。その表情は完全に年相応の子供。 「晩ご飯が食べられなくなりますよ」 「でも、ロシュ様が作ったアップルパイを食べたい」  リシェが子供みたいな顔をするのを見て、彼はすっかり心を許してくれたような気がして嬉しくなる。  緊張を強いられる剣士の時の顔とは全く異なり、無防備な幼い様子の彼をもっと眺めたいと思った。 「お腹空いてる時に食べるともっと美味しいですよ?」 「………」  ちらっと箱に目を向けるリシェは、複雑な顔を見せるがやがて折れ、ではお腹が空いた時にしますと告げる。 「もう少し待ちましょうね、リシェ」 「はい、ロシュ様」  まるで保護者になった気分だ。もっと抱き締めて可愛がってやりたかったが、これ以上するとその先に行きたくなってしまう。  リシェから体を離し、便箋を無造作にゴミ箱に捨てた後でロシュは箱の横にあった魔書に目を向けた。 「リシェ、これは何ですか?」 「あ」  薄汚れた書物の存在をすっかり忘れていた。 「それ、オーギュ様から預かったんです。カティル先生が取り寄せた本の中に混じってたらしいんだけど、呪われてるらしくて。ロシュ様なら呪いを解けるかもしれないからって」  ほう…とロシュはその分厚い書物を手にした。  すると魔書は急にかたかた震えだし、ロシュから逃げようとする。 「あれ」  彼はがっしと魔書を押さえた。  魔書はまるで怯えた様に、やけにしおらしい動きをしている。 「ヴェスカの時は敵意むき出しにした感じて弾いてたのに。何だこいつは」 「ヴェスカの時?」 「あいつに近付くのを物凄く嫌がってて、思いっきり弾き飛ばしてました」  なるほど、とロシュは魔書に視線を落とした。 「私の魔力と正反対のタイプでしょうからねぇ。私に触れられるのは苦しいんだと思いますよ。呪いを解くには手っ取り早く大聖堂の地下に行った方が手間がかからなくていいと思います」  そのような設備があるのか、とリシェはロシュの手の中で震える魔書をぼんやりと見つめる。 「ヴェスカとは何であんなに反発したんだろう」 「彼の場合、オーギュが言う通り魔力がとにかく合わない体質だからだと思いますよ。生活していく分には反発の影響は無いし、回復魔法だって受けられます。ただ、回復魔法を貰ったとしても若干の怠さは起きるかもしれませんけど…でも彼の強靭な体力なら、多分影響も無いでしょうね」  ヴェスカの見事な吹き飛び具合を思い出し、リシェはつい笑い声を上げてしまった。 「あのでかい体が勢い良く飛ぶ様をロシュ様にも見せたかったな」 「そんなにまで飛んだんですか…」 「多分、ヴェスカだから面白かったのかもしれない」  オーギュだと、かえって笑えないだろう。 「大聖堂の地下に呪いを解く場所があるんですか?」  魔書を自分の書斎机に移動させ、「ありますよ」とロシュは柔らかなリクライニングに腰を下ろす。  ゆったり座れる大きめの椅子は、ロシュのすらりとした体をしっかりホールドしながら軽く軋んだ。 「普段は司祭の任命式や、司聖就任などの特殊な儀式に使うのです。浄化の泉と言いましてね、そこにある泉の水で身を清めるのです。まあ邪気払いの一種ですね」 「へえ…ロシュ様も使われたのですね」 「ええ。軽く体に水を撒かれた程度ですけど」  プールみたいに浸かるのかと思っていた。  書斎机に置かれた魔書は、ロシュによって暴れ出さないように魔力を注入出来るガラスケースへと閉じ込められていた。  ガラスケースは上部と下部に銀色のインクで特殊な封印が施されていて、曰く付きのアイテムを保存する事が出来る。  毎度司聖に送られてくる贈り物は好意に満ちた物だけではない。稀に物騒な物や、呪いの類の物が送りつけられる事もある。  逆に重すぎる愛を訴えるものもあった。  送り主に対して特に罰則は与えないものの、度が過ぎる物に関しては追跡調査をする位で、軽度の嫌がらせの品物は処分していた。刃物などは利用価値があるだろうが、流石に嫌がらせの念が篭りそうな物品を有効活用する訳にもいかない。 「一応、浄化の泉を使うには許可が必要なので…明日にでもお伺いして来ますよ。この魔書は相当年季の入った怨念みたいなのが込められてますし…」 「ありがとうございます」  あれだけ暴れていたらなあ、とリシェは苦笑いした。 「それに、呪いの力に加えて淫魔の能力もあるみたいだし。あなたが魔書に影響されやすかったり、相性が良ければ今頃大変な事になっていたかもしれませんねぇ」 「いん…?」  初めて耳にする単語に、あまり意味が良く分からないリシェは首を軽く傾げた。 「簡単に言えばとってもエッチな魔物ですよ。ううん、残念。可愛く誘ってくれるかもしれなかったのに」 「な、何が残念なんですか!」  ロシュは涼しげな顔で変な事を言ってくる。リドランの温泉でした行為を忘れた訳ではないリシェは、恥ずかしいのか大慌てでロシュに抗議する。  冗談ですよと彼はからからと笑い飛ばし、さてとと次の話に切り替えた。  リシェが機嫌良くなりやすい話を振る。 「…晩ご飯、何にしましょう?」  大量の書物がひしめき合うオーギュの自室。  壺からこぼれ落ちた野草にじゃれるファブロスを横目にしながら、彼はありとあらゆる本を読み漁っていた。  カティルの手の平に浮かんでいた小さな魔方陣が気になって、どんなタイプの物なのかと文献に記載が無いかどうかを探していたのだ。 『熱心だな、オーギュ』 「気になって仕方ないんですよ。でもそろそろ晩ご飯の時間ですね」 『また精をくれるのか?』 「人間が一日で大量に出せると思いますか?勘弁して下さいよ」  底無しに性欲があると思われても困る。  読んでいた文献に白い羽根の栞を挟み、オーギュは立ち上がった。ファブロスは遊んでいた野草に興味を無くすと、人化して狭いスペースを空ける。この主人の部屋は整頓されているものの、書物やら野草やら、研究材料やらで場所を取られていて狭苦しい。 「今からご飯作りますからね。待っていなさい」 『いつでも待てるぞ。数百年に比べれば可愛いものだ』 「規模が違いますよ…」  キッチンに向かい、準備に取り掛かったオーギュは、ふと手に描かれている紋様に色がまだ戻らない事に気付く。  そろそろ戻ってもおかしくはないのに。 「ファブロス」 『ん?』 「まだ意識を遮断しているんですか?紋様の色味が戻りませんが」 『ああ…一旦切るとお前の中に戻れるのに時間を要するのだ。じきに直る』  そうですかとオーギュは色が無い紋様を見た後、再び料理に取り掛かった。 『遮断されている間はお前と頭の中で会話が出来ないからな。まあ、常に一緒に居れば大丈夫だろう』 「ええ」  下拵えを済ませ、美味しそうな匂いが部屋中に立ち込める頃。突然部屋の扉がノックされた。 「よう!美味そうな匂いじゃねえか」  返事をする間もなく、ワイン二本を手に扉を開けた同じ宮廷魔導師の男はズカズカと侵入してきた。  髪色は色素が抜けたような灰色の短髪と、そこそこ年を重ねた感のある顔立ち。見た感じでは三十半ば位。短い無精髭が特徴的だ。  かなりのヘビースモーカーらしく、彼が歩くたびに煙草の匂いがする。  そして魔導師というより戦士と言った方が良さそうな程、彼はがっしりした体格をしていた。  ほれ、手土産と慣れたようにワインをオーギュに突き出す。ワインボトルは自前ので一杯なのだが、好意は有難く貰っていた。  オーギュは呆れた顔で「相変わらず匂いに敏感ですね」と彼からワインを受け取る。 「ビーフシチューだろ?隣の俺の部屋まで匂いが普通にくるぞ。これは食わなきゃ損だろ」 『オーギュ。誰だこれは』  初めて見る来客に、ファブロスは眉を寄せた。 「彼は私と同じ宮廷魔導師のリューノです。隣の部屋に住んでいて、ご飯をよく頂きに来るんですよ。別に怪しい者ではありません」 『ほう。オーギュと同じか』 「…で、あんたは何なんだ?友達か?」  リューノと呼ばれた魔導師らしくない男は、上から下からじろじろと人化したファブロスを眺め、不審そうに問う。  決してリューノの言い方は悪気は無いのだが、最初に無作法に言いだしたのが自分の召喚獣なので宥める言い方でオーギュは説明する。 「彼は私が契約した召喚獣です。元は獣なんですが、この部屋は少し狭くてね…」 「召喚?獣?何?」  突如出現した聞き慣れない単語に、リューノはオーギュとファブロスを交互に見比べる。 『見せた方が早いだろう』  飲み込めないリューノの前で、ファブロスは獣の姿に変化して見せた。人の皮膚がみるみる変色し、光沢のある太く逞しい獣の肌となって、たてがみを靡かせた四つ足の神々しさ溢れる獣となっていく。  ずしりと重量感のある出で立ちをありのまま披露した。  先程まで維持していた美しい青年がみるみる獰猛な獣に変化していく様を見るや、リューノは「ほおぉ…」と合点がいった様子だ。 「いつの間にこんな立派なのを手懐けたんだよ」 「先日行った先でね。彼に呼ばれたんですよ」  どさくさ紛れにファブロスは狭い通路を経て主人の足元へ向かい、ごろごろと頭を擦り付け始めた。  どうやら獣に戻ると甘えたくなる習性を持っているらしく、オーギュは床に膝を着いて彼の頭をペットを扱うように優しく撫でる。  出会ったばかりの彼のたてがみはかなり絡まっていて触るとごわごわしていたが、本人が嫌がるのを無理矢理梳かして手入れをした甲斐があってか今ではふわふわしていた。 『オーギュは立派な主人だ。数百年待っていただけある。ようやく自由に動けるようになったからな』 「どんだけ待つんだよ、変わってんな』 『私の意に叶う魔導師が居なかったからな』  すりすりと主人の首元に鼻先を擦り付け、ファブロスは答えた。たまに舌を出して悪戯してやると、オーギュはぞわりと身を震わせる。 「ファブロス、そろそろ戻りなさい。晩ご飯の用意もまだですからね」 『このままの方が楽なんだがなあ』 「それなら部屋の外で寛いでなさい。外なら歩き回れますからね」  完全にペットみたいじゃないかとリューノは苦笑した。  長屋造りの宮廷魔導師用の宿舎は、部屋数は六、七世帯分完備されているものの、魔導師は昔から五人で構成されていた。  余りの部屋は予備用として存在し、利用部屋に何らかの不備がある時にすぐに移動出来るように造られている。  大体の魔導師は変わり者の集まりなので実験や魔法の使い方によって爆発したりするのを考慮したのではないかという話だったが、過去においても部屋が爆破されたという記録はまだ存在していない。  宿舎正面から向かって、一番左の部屋は予備の空室。そして左から二番目はオーギュの部屋となり、三番目はリューノの部屋だった。  風の向きによって料理の匂いがすぐにリューノの部屋に届きやすく、自炊を滅多にしない彼はよく手土産を持ってオーギュの部屋に入り浸っている。たまに手料理をご馳走して下さいよとオーギュは苦言を呈してもどこ吹く風といった感じだ。  そして、苦言を呈したものの、オーギュもあまり彼には期待していなかった。彼はたまに釣りに出かけては新鮮ないい魚を持ってきてくれるので、あまり文句は言えないのだ。 大ぶりな魚を捌き、魚料理を拵えてから同じ宮廷魔導師の仲間達にお裾分けする事もしばしば。  狭い室内を移動し、リューノは窓を開けてファブロスを外に放した。 「ほれ、何なら俺の部屋の敷地も使うといい」  外庭は共同で利用出来るが、あまり庭を使う者は居ない。時間が経てば長くなった芝を刈り取る程度のもので、遊び回るには若干面白味に欠けていた。  精々魔法や薬作りに使う為の薬草を育てる花壇がある程度だ。 『おお、オーギュの部屋より広いな』  ゆっくりとウッドデッキの扉を介して庭に出る。 「オーギュ、煙草吸っていいか?」 「外なら構いませんよ」 「中は?」 「ご自分の部屋ならいいですが私の部屋はダメです」  仕方無いなと彼は外で喫煙を始めた。  厳つい体型にも関わらず、剣士になれない理由がそこにあった。彼はあまりのヘビースモーカーっぷりに、運動しようにも息がすぐに上がってしまうのだ。  意外にも魔力の才を発揮して普通の魔導師よりも知識があり、宮廷魔導師としてやれているのは運がいいのだろう。 「いい加減に煙草を止めたらどうです。いい事なんて無いでしょうに」 「止めたくても止められねえんだよ」  ゆっくりと煙を吐き出し、リューノはぼやいた。  ファブロスは芝生に転がり、体を伸ばしている。  次々と料理が準備されていく中、オーギュは「ああ」と何かを思い出したように呟いた。 「そうだ。あなた呪いの類に詳しいでしょう」 「うん?」  一通り煙草を堪能した後、リューノは室内へ戻る。 「私がうろ覚えで描いた魔法陣なんですが、こんな感じで黒く澱んでいるタイプってどのような種類の物ですかね?」  即席で描いた魔法陣を改めてリューノに提示してみる。  彼は喉元に残った煙に軽く噎せながらそれに目を向けた。  眉間に皺を寄せたままのリューノは軽く唸ると、「蝕魔系じゃねえの」とぼんやり考える。 「随分古臭いタイプだなあ。何でいきなりこんなの調べようと思った?」 「カティルが取り寄せた本の中に魔書が混じっていたんですよ。どうやら呪われていたらしくてあの人に呪いが付いちゃったみたいで。手の平にそれが浮かんでましたから。あなたなら分かるかと思って」 「まるでそれが俺の専売特許みたいな言い方だな」 「違いますか?」 「別に否定はしねぇよ。最近暇だと国内の事故物件ばっかり調べてるからな」  怖い事をさらりと言いだす。 「面白いんですか、それは…」 「怖いけど見たくなるってやつだよ」  ようやくいい具合に煮込まれたビーフシチューの鍋をテーブルに置き、皿を並べていく。煮込む時間が惜しく、調理用の魔石を入れて中身を活性化させ時間の短縮を図ったので味はしっかりしているはずだ。  折角リューノが持ち寄ってくれたので、ワイングラスも用意した。  アルコールを飲まないファブロスには、あらかじめ葡萄のジュースをグラスに注ぐ。 「呪いを解く方法は?」 「解く方法か。…でもあの人、魔力全然無いんじゃなかったっけ?蝕魔系の呪いが魔力の無い人間にかかるのも変な話だなあ」  テーブルに準備されたローストビーフを摘み、リューノは考え込んだ。オーギュは庭で転がるファブロスを呼んだ後、「本人はピンピンしてますからね」とぼやく。  ファブロスは人の姿に形を変えてから部屋に入り、素直な感想を述べた。 『オーギュ、庭は広いな』 「でしょう。あなたがリラックス出来るように後で遊具をご用意しましょうね」  狭い場所に閉じ込められると運動不足になるだろう。  自分の部屋はただでさえ本ばかりで狭いのに、獣である彼には余計窮屈さを強いてしまうのは忍びなかった。 「美味い。お前、顔に似合わず美味い料理作るよなあ」  食事を始めると同時にリューノは素直に感想を述べる。 「顔に似合わずって何なんです…」 「あんま料理しなさそうに見えるんだよ」 「そうですか…」  あまり家庭的には見えないらしい。  親元に寄り付かないようにしているオーギュは、一人でも生きていけるように最低限の生活基礎を身に付けていた。  いい家柄の子息は、身の回りの世話は使用人にやって貰って当然だという意識が強くなる。実際昔からの習慣が身に付いて、大抵は家のレールの上に乗せられて独り立ちが出来ない。  やがて似たような家柄同士で婚姻を経て、同じ意識を維持しながら自分達の身の回りは他人に任せっきりになる。まるで着せ替え人形のような生活を続けていくのだった。 「相変わらず家には帰ってないんだろう?」 「ええ。戻ってもいい事無いですから」  出来たてのビーフシチューを口にし、オーギュは言葉を返した。 「寂しいもんだな」 「どうなんでしょうね。もうお互い期待してもいないですから、居ても居なくてもいい関係なんですよ。あの家は兄二人がきちんとした家族で、私は外れみたいなものです。切り離した事で楽にもなりましたしね」  リューノは彼の家の事情を良く知る数少ない相手だ。  あまり深くは聞かないようにしているが、オーギュが家族にいい印象は無いのは知っている。  何度か彼の両親に会っていたが、オーギュは父親には全く似ておらず、息子とは会話はおろか目を合わせようともしない。どちらかと言えば母親似だと思うが、彼女は妙にヒステリックでオーギュに対して当たりもキツめだった。  …まるで何らかの汚点を目の当たりにするかのように。 「ま、お互いいい大人だしな。独り者の方が気楽でいい。好きな事を自由に出来る」  グラスの中で真紅の液体が軽く揺れた。  リューノは一気にそれを飲み干すと、ちょっと渋味があるなと軽く眉を寄せる。 「ああ、そうだ。その魔法陣のあれ、後で調べとくわ」 「本当ですか?有難いです」 「昔の文献漁ればそのうち出て来るだろ。分かんないまんまだと、何なのか気になって眠れなくなるしな」  一度気になれば、彼はどこまでも突き進んで調べたくなるタイプのようだ。  魔導師の力があるものの、リューノは研究者タイプなのだろうと思う。 「あなたが煙草を吸わずに健康的なら、凄く強味の増す魔導師になれそうなのにね…」  持久力が無いのがとにかく残念だ。  大魔導師になり損ねたな、とリューノは声を上げて笑った。  アストレーゼンの夜空は昼と違い冷たく、空はきらきらと星空のベールが降り注いでいる。  大聖堂をぼんやりと照らす丸い月。  今日は満月のようだ。  誰も居ない広々とした廊下を、コツリコツリとゆっくりした足音が響いていく。そんな雰囲気を打ち破るように、何で俺がお前と組まなきゃならないんだよとひたすら文句を言い続ける従兄弟。リシェは大聖堂の警備巡回の夜間任務をこなしていた。  何ヶ月に一度の割合で夜の見回りをする任務があり、この日はリシェとスティレンの番だった。本来ならばリシェは夜間巡回の番では無かったが、別の剣士が用事があった為にリシェに交代で出てくれと頼まれた経緯があった。  臨時で兵舎に出るとスティレンが思いっきり嫌そうな顔で「はあ!?」と吐き捨ててきた。それまで組む相手の名前を全く聞かされていなかったリシェは内心苛立っていたのだ。 「ああ、ただでさえ一日の任務でクタクタなのに…巡回でまた駆り出されるとか。ストレスで肌がダメになりそう。しかも寒いし」  冷たい空気に晒され続け、スティレンは両手に息を吹いて温まる。だがそれも気休めにしかならない。  火種が必要なランタンを持たず、首から下げるタイプの発光する魔石で周囲を照らして巡回する為に、夜の寒さを凌ぐ事は出来なかった。 「ムカつくから終わったらお前の部屋で寝泊まりしようかな!どうせ広々とした部屋の柔らかいベッドで寝てるんでしょ?俺が入った位じゃ屁でも無いだろうよ」 「さっきからうるさいな」  任務に集中しろよ…とリシェは眉を顰めた。しかも誰も居ない大聖堂に彼の声だけが響く。 「だから一人で宿舎に戻るの怖いんだよ!」 「普通に戻れるだろ」 「怖いって言ってんじゃん」 「気の持ちようだ」 「…怖いって!!言ってんじゃん!!」  何故自信満々で弱音を吐くのだろう。 「うるさいなあ」  早く終わらせて帰りたいが、回る所が多い。  よりによって何で組む相手がこいつなのか。 「お前はいいよ!これが終わればすぐ帰れるじゃないか。どうせ敷地内だもんね!俺なんかここから外に出て、宿舎まで暗い中たった一人で帰るんだよ!こ、わ、いって言ってんの!分かる!?」 「…終わったら送って欲しいのか?」  冷静なリシェの言葉を受け、スティレンはぐぐっと言葉を詰まらせた。何故か暗闇が怖いと喚いていた自分が凄く恥ずかしくなり、体温が上昇するのを感じる。  夜道が怖いというくだらない理由で、リシェに宿舎まで送って欲しいなんて言えない。 「だっ…誰がお前なんかに!」 「そうか。ならいい」 「はあ!?いいわけないだろ!!」 「何でお前はいちいち終わった話を蒸し返すんだ?」  話せば話す程疲れてくる。  リシェはスティレンの声をほとんど無視しながら、指示された方向を見て回った。 普段目にしている大聖堂の様子に慣れている為か、真っ暗で誰も居ない状況は違和感を感じさせられる。  広い廊下に散りばめられてある照明用の魔石は、二人が歩く度にぽつぽつと点灯していった。気配を感知する度に照らしていくので、遠目で見ると幻想的な雰囲気に変わる。  足音が大きく反響する中、「寒いな」と呟くリシェ。 「さっさと終わらせるよ。こんな任務、やってらんないよ。その分手当は貰えるけどさ」  冷たい風が全身を撫でてくる度、ぞわりと寒気が走る。 「お前の口から手当なんて言葉出てくるなんて」 「…悪い?」  シャンクレイスに居れば、スティレンは悠々自適な生活を送る事が出来る。今までもぬくぬく育ち、働く事も知らず自由に遊び呆けて生きてきたのだ。  そんな彼の口から手当だとか任務という言葉が出るのは信じられなかった。 「向こうに何て言って出て来たんだ?」 「え?…何て言ったかって?…ええっと、何だっけな。自力で生活してみたい的な事をメモに書いて出てきた」 「メモ?それだけ?」 「そう。それだけ。でも心配するだろうからちゃんと居場所位は教えてあげたよ」  そんなに簡単に家出して良かったのだろうか。  自分とは違い、スティレンはちゃんとした家族が居るのに。あまりにもあっさりし過ぎて拍子抜けしてしまう。 「安心しなよ。お前の事は知らせてない。変に知らせたら、リオデルの奴に知られるかもしれないだろ?わざわざお前の為に配慮してやったんだ。俺の気遣いに有難く感謝しな」 「ああ、うん」  スティレンの自画自賛に慣れたリシェは、仰々しい彼のセリフに対し非常に淡白な返事をした。 「それにしても…夜中出てきそうだよね」  広々と描かれた天井画を興味無さげに仰ぎ見た後、スティレンはぼやく。 「この建物の奥に霊廟もあるから、見える奴は見えるんじゃないのか?」 「や、やめてよ!そんな話聞きたくない!」 「自分から話を振ってきたくせに…もしかして見えるのか?」 「み、みみみ見える訳ないだろ!!」  リシェはすぐ怒ったり怯えたり、そして自慢したりと感情を忙しくさせるスティレンがある意味羨ましくなった。自分にはそのような気力が無い。  スティレンはやはり怖いのか、前をさっさと進んでいくリシェの服を後ろからしっかり掴んでいた。  続けて先を進んで行き、大聖堂内の図書館の前に行き当たった。どっしりとした観音開き型の扉には、閉館を知らせる札が掛かっており、厳重に閉ざされてある。 「夜間も開いてたらなぁ。難しいか」 「へえ、リシェのくせに本なんて読むんだ?」 「リシェのくせにってやめろ。意味が分からない」  大きな扉を眺めていると、その向こう側からガチャリと軽く音が聞こえてきた。  えっ、とリシェは動きを止める。  …誰も居ないはずなのに。  居るとすれば、責任者に当たるカティル位か。 「え、どうしたの」 「いや…何か奥から音がしたから」  服を掴む手を更に強め、スティレンは泣きそうな声でやめてよと弱音を吐いた。  リシェは扉にそっと触れてみると、軋んだ音を上げながらゆっくりと開かれる。何だ、とリシェはホッとした。  泊まりで館内にカティルが居たのだと。  怖がるスティレンに、安心させるように振り返り、「カティル先生だ」と告げると再度扉に向き合う。  扉の向こうは暗かった。  リシェは扉を挟んで対峙しているカティルに声をかけようとすると、彼は開かれた隙間から無言で長い腕を伸ばしてきた。 「リシェ!!」  スティレンは嫌な予感がして、リシェを掴んでいた手に力を込めて勢い良く後ろに引っ張る。しかし、小さな体が後ろに軽く傾いたが、同時に扉から出てきた腕はしっかりとリシェの首を捕らえていた。  呼吸を阻まれ、リシェはけふっと咳込む。  ぎりぎりと掴んでくる指が、リシェの皮膚をめり込ませてくる。 「あ…!?」  喉を締め付けてくる相手の表情は、いつも見るカティルの顔では無かった。  目が虚ろで、生気をまるで感じさせない。彼の口が開かれ、謎の言葉を放ち始めていた。  首筋が妙に熱く感じる。軽く目眩を覚えたリシェは、危険を感じてカティルの腕を掴み、引き離そうとした。 「何してっ…くれてんのさ!」  なかなか取れずに居ると、スティレンが割って入り込み、リシェの体をカティルから無理矢理剥がす。  突然湧いてきた受難に動揺しつつ、スティレンは「殺す気なの!?」とカティルに怒鳴った。 「はあっ、は…せん、せ?」  首を押さえ、カティルに目を向けた。  スティレンから引き離された際にバランスを崩し、リシェは尻餅をついたままで様子を見る。すると彼は無言で突っ立っていた状態からふっと意識を失い、その場にうつ伏せで倒れ込んだ。 「あ!」 「何…人騒がせな」  首元を押さえて立ち上がり、リシェは仕方ないなとカティルの体を運ぼうと動いた。 「部屋まで運ぼう。スティレン、足持って」 「ええぇ!?やだよ、何で俺が」 「放置する訳にもいかないだろう。黙って動け」  自分達より大人のカティルを二人掛かりで持ち上げ、図書館奥にある彼の部屋へと慎重に運んでいく。  真っ暗な館内はやけに異様な雰囲気を放ち、スティレンはびくびくしながら辺りを見回していた。 「うう、この人細身のくせに重たい」 「………」  協力しながら司書室までカティルを運び、窓から差し込んでくる月明かりを頼りにベッドまで進む。  古びた本特有の匂いを感じながら、どうにか気絶した彼をうまく移動させる事が出来た。  一息ついたリシェは彼に毛布を掛けた後、締められた首を撫でる。 「何だろ、変だな…熱い」  強烈な違和感。怪我をしたのかと思っても、血は出ていないようだ。  ゴシゴシと首を軽めに擦っていたリシェに対し、カティルを持たされて不機嫌な顔のスティレンは「早く出るよ」と通りがけに小突く。 「う、うん…」 「どうしたのさ」  体が火照りだすのを我慢しながら、司書室の扉を閉める。リシェは明らかに体に異変を感じていた。 「す、スティレン」  先を進んでいるスティレンに、リシェは助けを求めるような声を出す。  暗がりの中で振り返り、スティレンは従兄弟に対し何さと返事をした。  リシェは息遣いを荒くし、体を押さえてそのままへたりと座り込んでしまう。両足に力が入らなくなり、体を押さえながら縮こまっていた。 「な…何なの今度は!?」 「分からな…っあ、はあっ…熱…ああ」  スティレンはリシェに駆け寄ると、弱り始める彼の顔を覗き込んだ。  熱に浮かされ、潤む赤い瞳とじわりと吹き出てくる汗。そして少女と見紛いそうな顔は夜目にも艶やかさを感じさせてきて、スティレンはぞくりとした。  形の良いリシェの唇から、苦しげな吐息交じりに小さい声がする。 「…これ…ダメだ…器にも、ならない」 「は?器?」  怪訝そうにリシェの様子を見ていたスティレンは、その言葉を聞いてどういう意味なのかと問い質す。  だがその答えは返ってこなかった。  しんと静まり返る中、静寂を破るようにスティレンは呆れた声を出す。 「意味分かんないよ。…とにかくお前が立たないと戻れないから早く」  スティレンはリシェを急かし、図書館から出ようと彼の腕を叩いていた。  とにかく暗所が嫌で、少しでもマシな廊下に出たかった。それなのにリシェは座ったまま動かない。 「ちょっと!早く立ってよ!」  苛立って無言のままのリシェを引っ張る。するとそれまで動きを見せなかった彼は突然スティレンに抱き着くと、唇を激しく奪いながら押し倒してきた。  塞がれ、急に熱くなる唇。 「んんっ!?」  何が起きたか理解出来ず、スティレンは目を丸くする。  口内が荒らされる感触にようやく今の状況を把握すると、スティレンはかあっと全身が熱くなった。 「は…っ、リシェっ!お前っ」  虚ろな目をしながらリシェは、スティレンにしつこい位のキスを繰り返してくる。ぴちゃぴちゃと舌先で軽く口内を弄んでは、更に奥に舌を入れてかき混ぜてきた。  蕩けそうな感触と生々しい水音。体の底が、熱くじわりと燻り始めた。  まだ若すぎるスティレンは反応しそうになるのを堪え、リシェを離そうとする。 「やっ…やめ、ろって!」 「その体が欲しい。こいつは駄目だ、お前の方がいい。黙って受け入れろ」  ようやく発言したと思えば、理解出来ぬ言葉だった。 「意味っ、分かんなっ…んんっ!」  再び深く口づけをする。  やがて頭の中がぼんやりとしてきた。  体の力が抜けてくるのを感じ、まずいと焦ってくる。覆い被さるリシェの体を叩いて避けて貰おうと試みるものの、次第に視界が霞がかかってきた。  ふわりとしたスティレンの前髪を撫で上げ、リシェは彼を可愛がるように唇を重ね続けていた。 「あ…んんっ…は、あはぁ…」  やがて不思議にも心地良くなる。  …こいつ、キス上手いな。何処で仕込んだんだろ。  貪られながら、スティレンは間抜けな事を考える。次第にお互いの口を貪りながらお互い抱き合っていた。  優しくお互いの体を撫で合い、強めのキスに応じながら淡い刺激に身を震わせている。 「気持ちいいか?これからもっともっと気持ちよくなる。だからその体、貰ってやる」  自分の上に居るリシェは赤い瞳で妖艶に笑った。  やがて徐々に意識が遠のいていく。  同時に、体内に誰かがするりと入り込んでいった気がした。 「はっ…!?」  何時間経過したのだろうか。  リシェはハッと目を開けて体を起こす。  きょろきょろと辺りを見回し、まだ自分が真っ暗な図書館に居る事を把握する。まだそんなに時間が経過していないようだ。  寒気を感じて身をさすりながら立ち上がると、「起きた?」とスティレンの声が聞こえた。  リシェは声に反応し、暗闇の中でスティレンの影を捉える。彼は読書スペースのテーブルに腰を下ろし、自分が目を覚ますまで待っていたようだ。 「スティレン?俺…寝てたのか?」  あまり記憶がはっきりしない。覚えていたのはカティルを運んだ後の全身を襲ってきた熱に、脱力感。  しかし今は異変は無く、普通に動ける。あれは一体何だったのかと思える位に。 「寝てたね。お前はちょうどいい器かと思っていたのに、酷い拒否反応するから参ったよ…でもこうして、お前と似た器をすぐ見つけたからね」 「?」  器とはどういう意味なのか。  リシェはきょとんとしながらスティレンの影を見つめる。やがてテーブルからストンと降り、こちらに近付いてきた。 「美味しそうなお前が無防備に寝ている時に、じっくり視姦しといたしね、ふふ」  カツンと靴を打ちつけながら、スティレンはリシェの前に立つ。 「何言ってるんだ?早く任務の続きをするぞ」  リシェは目的を思い出し、スティレンに告げる。  だが彼はふっと軽めに笑うとリシェの左手首を掴んだ。 「お前、俺が一番嫌なタイプの司祭の匂いがする」 「は?」  意味が分からず首を傾げた。 「司祭臭いけど…まあ美味しく頂けそうだ」  ぺろりと舌を見せ、スティレンは小悪魔のような笑みを浮かべた。元々意地悪な性格のせいか、それがやけに似合う。  彼はリシェの体に抱き着くと、彼の匂いを嗅ぎながら「ああ」と恍惚感に満ちた声を漏らす。 「この匂い。駄目と分かってても欲しくなりそうな危ない匂いだ。司祭の匂いがぷんぷんしてくる…!でもお前の未発達の魔力も堪らない!食べたい、食べたい!」  さわさわと体を触りながらスティレンは普段ならば絶対言わないであろう発言をしだす。 「き、気持ち悪い!!!!何だお前!?」  ついリシェは叫ぶ。  本人を目の前にしながら言うのははばかられるが、言わずにはいられなかった。  ぞわりと全身の毛が逆立ち、リシェはスティレンから離れようともがく。 「はあ、はあっ…ね、しよう?リシェ。お前をちょうだい。食べたくて堪らない、ねっ?」  スティレンはリシェの首筋をゆっくり舌で舐め上げる。  それはさながら飴玉を舐めるかのように。 「ひいいいいっ!!」  いつものスティレンでは無い様子が、リシェには壮絶に気色悪く見えたらしい。  完全に体が凍りついてしまう。  何らかの拍子で、彼がおかしくなったとしか思えない。  混乱するリシェをよそに、スティレンは彼をテーブルに押し倒し、興奮しきった顔のまま自分の上着を脱ごうとした。 「いいでしょ?俺としてよ」 「な、何…」  ひくひくと怯えて自分の上のスティレンに問う。  まだ幼さもあり、それでいて色気も増すスティレンはませた口調でゆっくりとリシェに密着してきた。  薄明かりにぼんやりと見える彼の目は、やけにギラギラして見えてくる。 「俺とセックスするんだ。そして魔力もちょうだい」  ぞわわ、と今までに無い強烈な悪寒がリシェを襲った。 「嫌だ!!!!」  こんなのスティレンじゃない、とリシェはホラーな意味での恐怖を覚えていた。両腕を前に押し上げ、出来る限りの力で豹変した彼を突き飛ばすと、慌てて図書館から逃げ出す。  恐怖に駆られて逃げ出すリシェを、スティレンは「待ちな!!」と怒鳴り追いかけていった。  …何だ!?一体何があった!?  変な汗を流しながら猛ダッシュするリシェは、大聖堂の手前まで戻っていた。  出来る限りの記憶を思い起こそうとしても混乱し過ぎていて整理出来ない。 「待ちな、リシェ!!」  遅れてスティレンが追いかけてくる。  捕まってしまえば、何をされるか分からない。 「嫌だ!断る!」  静寂を保っていた大聖堂内に、二人の猛然と走る音と怒鳴り合いが響いた。  カティルをベッドに運んで、それから体がおかしくなって…と走りながら思い出そうと試みる。  とにかくスティレンを撒かなければと走り続けていた。幸い自分の方が身軽で足が速い。 「お前は俺のものなんだよ!!」 「嫌だ!絶対嫌だ!!俺はお前のものじゃない!!」  やはり様子がおかしい。  自分を明らかに見下し、優位に立ちたがるスティレンが自分を欲する言葉を吐く訳が無い。まるで人格が変わってしまったかのようだ。  とにかく今の状況を打破しなければ。  どこに逃げても追いかけてくるとなれば、もう司聖の塔へ逃げるしかないかもしれない。 「リシェ!俺のものになれ!」 「絶対嫌だ!!」 「抱かせろ!」 「お断りだ!!」  この場に人が居ないだけまだマシかもしれない。  兵舎の中なら、あらぬ誤解を招くだろう。必死になってリシェはスティレンの魔の手から逃れようと走る。  だが、向こうも負けずに追いかけていた。 「俺はお前を絶対捕まえてやる!」  中庭を抜け、塔への道をひたすら走る。  とにかく全力で逃げまくってきたので、塔に入る前から次第に疲れを感じてきた。ややペースが遅くなってきたリシェとは逆に、追いかけてくるスティレンは距離を次第に詰めてくる。 「あっはは、遅くなってきたよリシェ。大人しく…俺のものになりな!」  何故あいつは息切れしないんだ、と塔の下に辿り着いたリシェは思っていた。その時、リシェはかくりとバランスを崩してしまい、急激にペースが崩れてしまう。  その隙をスティレンは見逃さず、手を伸ばしてリシェの後襟をむんずと掴んだ。  ああっ、とリシェは声を上げてスティレンに引き寄せられてしまう。  塔の真下の入口、もう少しだったのに。 「捕まえた」  壁に完全に追い詰められた。  背中に壁を押し付けられながらリシェは真正面のスティレンを引きつった顔で見上げる。 「う、う…」 「汗ばんで更にいい匂いになったね、リシェ?」 「退け!」 「嫌だね、退くもんか。お前を思う存分堪能するんだ」  呼吸を整えているリシェを抱き締めると、首元に顔を埋めながら匂いを嗅いできた。  犬かお前は!と怒鳴り、リシェは密着するスティレンをぽこぽこ叩くが、彼は全く意に介さず嗅ぎ続ける。  リシェの体を撫で、うっとりとした声を上げた。 「はあ、凄くいい。司祭臭いけどずっと嗅いでいたい」 「放せっ、放せってば!」 「ああ堪らない。リシェ、しよ?ここでエッチしたい」 「や…絶対嫌だっ」 「可愛く仕上げてやるから!俺はお前としたくて堪らないのに!エッチしようリシェ!するんだよ!」  いよいよ危険を感じてきた。首を振りながら、リシェは体をまさぐってくるスティレンの腕を離そうとする。  水音を立てて首筋に舌を当てて、まるで猫のように舐められ、つい吐息を荒げてしまう。 「沢山可愛がって弱らせて…魔力もたっぷり貰うからね、リシェ…」 「は…っ」  制服の襟にスティレンの細い指が掛かり、中のシャツのボタンを弾く。塔の内部照明の仄かな明かりが、やけに淫靡な雰囲気を醸し出していた。  走り続けた疲れもあり、リシェは次第にぐったりと体力が失われてきた。 「あ!」  ぴく、と体が震える。  シャツの前を開き、その下の別のシャツを無理にたくし上げられる。スティレンはにっこりと微笑みながら、弱るリシェの口に「裾、咥えておいて?」と噛ませた。  制服を乱されあられもない姿で胸元を剥き出すリシェの様子を眺め、恍惚感に満ち溢れる顔のスティレン。 「は…いい、リシェ。もうこの段階で凄くエッチ」 「ふざけるっ…なっ」  苛立ちながら声を上げると、咥えていた裾が口元から落ちた。不満そうなスティレン。 「ああ、ダメだって。ちゃんとシャツを咥えなきゃ。悔しそうな顔で噛ませられるのがいいのに。それに今からお前の乳首を舐めるんだから、シャツが邪魔でしょ」 「お前っ、頭がおかしくなったんじゃないのかっ」  その問いに、スティレンはぺろっと舌を見せてきた。 「折角開放されたんだから存分に楽しまなきゃ。まあ、まだ半身の状態で完全じゃないけどね」  その舌に描かれる禍々しい魔方陣。  リシェはそれを見るなり、相手はスティレンではないと判断する。 「お前…誰だ?」 「誰だっていいでしょ?お前がスティレンって言うならそれでいいじゃない」 「勝手に人の体を使うんじゃない、返せ!」  抗議してきたのを煩わしいと感じたのか、スティレンはリシェに「黙ってて」と強く命じる。その瞬間、リシェはピキンと体が硬直して全く動けなくなった。 「な…っ、何を」 「はあ…ご馳走だ。やっとありつけるよ。…まずはこの甘そうな実を食べちゃう」  リシェの声を完全に無視し、スティレンはリシェの左側の乳首にキスをする。 「あ…っ、やあっ!」  軽くキスを繰り返し、舌を押し付けた後きつめに吸い始めた。ぞくんとリシェは身震いした。 「んん、美味し…リシェは甘いねぇ」  ねじ込むかのように強く舌を押し付けながら舐め、気持ちいい?と確認する。 「ふざけるなっ、甘くなんかないっ!放せ!」 「甘いよ。リシェは甘過ぎる。ほら、俺が吸ってあげたからぷっくりしてきたよ」  体が自由に動かず、完全に固定されてしまったリシェはスティレンの舌使いにすぐに弱まっていく。  舌先を駆使しながら徐々に刺激を与えていくと、嫌がりながらも喘ぎ声が漏れた。全身が熱くなり、顔も真っ赤になってしまう。  快楽に慣れない彼はがくがくと足を震わせ、抵抗も出来ない状態でされるがままになっていた。 「やっ…だ、嫌だ…」 「さ、リシェ。どうやってお前を可愛く食べちゃおうかな?最後はその小さい体の中に俺の種を沢山注いで仕上げてやるからね」 「き、気持ち悪い言い方やめろ!!」 「お前の顔に思いっきり熱いのをぶっかけてやりたいの。きっと可愛い。どんな可愛い反応するかなあ…ああっ、楽しみだ…たっぷり子種を溜めておかなきゃね」  これから起こるかもしれない出来事を想像し、リシェは血の気が引くのを感じた。  こいつにとにかく抱かれたくないと焦る。 ましてや、ぶっかけられるなんて御免だ。 「嫌だっ」 「そんなに嫌がるなよ。嫌がれば嫌がる程燃えちゃう。お前だって、俺の性格がよく分かるだろ?ほらリシェ、乳首舐めてあげるから存分に蕩けるんだ」 「…何をされているんですか?」  言い終わる前、階段上から声が降ってきた。  リシェはその穏やかな声を耳にし、ハッと我に返る。 「…ロシュ様!!」  安堵の混じる声と同時に、スティレンはうわああ!と叫んだ。 「司祭臭い!俺が一番嫌な匂いだ、近付くな!」  ロシュはきょとんとした顔をしながら二人を交互に見る。そして乱されたリシェの姿に「リシェ?」と眉を顰めた。  リシェは硬直したまま、動けないんですと困惑する。 「何お前!俺とリシェの間に入って来ないで!」  後退りながらスティレンはロシュに怒鳴る。邪魔をされてかなり憤慨している様子だった。  階段を降り、ロシュはリシェをそっと抱きしめるとスティレンに目線を向けた。 「…あなた、あの魔書の中の悪魔でしょう。型が同じだからすぐに分かりましたよ」 「それが何さ!リシェを返せ、匂いが移る!」  ふふ、と優しく微笑むロシュはリシェの唇にキスをした。まるでスティレンに当てつけるように。  リシェは驚いて目を見開く。 「何をするんだ、放せ!!リシェから離れろったら!」  ロシュがむき出しのままの乳首を軽く弄ると、リシェは甘く悲鳴を上げた。  これ以上触られると恥ずかしい事になる、と首を振る。  涙目になりながらリシェは硬直したままロシュを見上げた。しかし彼は、自分に近付けないスティレンに対して命令した。 「あなたは黙ってそこで指を咥えて見てなさい。私のリシェにちょっかいを出されては私としては気分が悪いですからね」 「は…!?」  はあはあとリシェはロシュを見上げる。  彼はリシェのベルトとボタンを解き、するりと指を滑らせると中の下着に侵入させていく。 「ひあ!?」  何のつもりなのかと動揺する。 「ふざけないでよ、リシェに触るな!」 「あなたこそ、何の権利があってリシェに触ってるんですか。この子は私のものなのです」  言い合っている間にもロシュはリシェの中で優しく扱き始めていた。 「やあっ…やだっ、ロシュ様!やめて…」  温かな手が自身を包み込みながら愛撫していくのを、リシェは怯えながら目の当たりにしていた。先端を優しく擦られると、先走る体液で更に滑りが良くなっていく。  怖くなるリシェ。 「お願い…やめて下さい…っ」  えっくえっくとしゃくり上げるリシェに、ロシュは優しく囁いた。 「…その恥ずかしがる顔も全部私のもの。あなたは私のものだというのを彼に教えて差し上げなさい」 「ぐ…お前っ、司祭の癖にそんな事するのかっ!」  震えるリシェの乳首をゆっくり舐める所を見せつけながら、ロシュは「しますよ」と開き直る。 「たった一人の特別な人を愛せなければ、他の人にも愛情を示せませんからね」  そう言い、何のためらいもなく小さい乳首を口に含んでちゅくちゅくと舌で優しく転がす。 「んっ…くふ…っ」  気を保とうとリシェは唇を噛み締めた。 「この生臭司祭!最低!!」 「最低で結構。…おっと、逃げないで下さいよ?しっかり見たいのでしょう、リシェの可愛い所を」  スティレンは後退りするが、ロシュは魔法で彼の動きを止めた。いつもの邪気の無い微笑みを浮かべ、悔しそうなスティレンの様子に満足そうに頷いた後。  我慢の限界を超えそうなリシェを抱き締めながら彼の下腹をひたすら責めた。 「あぁあああっ!!」  がくがくと両足が震え、リシェは仰け反り叫ぶ。  そんな彼に、ロシュは優しく囁いた。 「こんな場面でも気持ち良くなるなんて、リシェはエッチな子ですね」 「やはっ、あぁっ…い、やだぁ…」  塔の中で響くリシェの喘ぎ声。  かぷりとロシュはリシェの唇を軽めに塞ぐと、舌を優しく絡ませる。時間をかけてかき混ぜた後に、ゆっくりと唇を離した。  つうっと唾液の糸がお互いの口元から溢れていく。  照明の薄暗い明かりのせいで、やたらいやらしさを増した。 「…楽になりなさい、リシェ」  きつく目を閉じ、リシェはふるふると首を振った。  頑なに嫌がる彼に対し、ロシュは優しく告げる。 「私が止めたらもっと辛くなりますよ?」 「だっ…て、こんなの…や…」  何者かに乗り移られたスティレンに悪戯された後で、ロシュに触られるとリシェの体はすぐに限界になる。監視の中で恥ずかしい姿を晒したく無いが、ロシュが言うようにこのまま放置されてもきつい。  リシェはひたすら首を振り「見られたくない」と弱々しく呟く。  自分の中に侵入しているロシュの意地悪な手は絶えずリシェを刺激し、次々と快感の波が押し寄せてきた。  小さな口元からは唾液が溢れ落ち、だらしなくその未熟な身を悶えさせ続けている。 「や…やあっ、お願いですから…止めて下さいっ…」  スティレンはぐぐっと苛立ちながら、動かない体を動かそうともがいていた。 「この変態司祭!さっさと呪縛解いてよ!!俺のリシェなんだから!!」 「いいえ、あなたのではなく私のリシェです」  ロシュもロシュで、大人げなくムキになって言い放つ。  汗ばみ濡れた黒髪を揺らし、慣れない快楽に震えて呼吸を荒げるリシェは「あぁ」と辛そうに喘いだ。もう限界を超えそうだ。  温かく、優しい手がリシェを激しく刺激し続ける。更に追い討ちをかけるかのように、ロシュはリシェの乳首に吸い付いてきた。  ぴっとりと密着する柔らかな唇は、やや冷たさを感じる。だが次第に熱を帯びてきた。 「ひゃああっ!」  甘く蕩けそうな感覚が全身を駆け巡った。体の奥から、一気に熱いものが中心へ集中していく。羞恥心に苛まれながら衝動には逆らえず、スティレンの前で若過ぎる精を放出してしまう。  びくん、びくんと華奢な体が跳ね上がった。 「いや…っ、やあ、ぁあああ…っ!!」  ぎゅううと目を伏せ、リシェはついにロシュの手の中で一気に果てた。ようやく発散され、開放感で全身が満たされていくのを感じつつ、罪悪感に苛まれていた。 「ああ、…良く出来ました、リシェ。沢山出しちゃいましたね」  終わってからもロシュはいやらしい発言を放つ。搾りたての体液をじっくりと堪能し、ようやくリシェから手を離した。 「ん…濃くて美味しい」  濡れた手を眺め、吐息混じりに本人の目の前で見せつけるように舐めて見せると、ぬらぬらと艶めかしく光る体液を啜り、リシェの心情を煽った。  いつもの優しい顔ではなく、色気に満ちた妖しい表情で舐めるロシュ。それをリシェは怯えながら見ていた。  そして、自ら放出した体液の生々しさと濃い匂いをまざまざと感じてしまう。 「ひ…っ」  我慢出来ずに吐き出した後に、酷い羞恥心に溢れる様子を眺めながら、リシェに対し体の奥底から凄まじいばかりの支配感に襲われていた。ゾクゾクと全身に震えを感じ、神聖な法衣の中で欲望が沸き立っていく。  ようやく硬直が解かれ、小さい体がへたりと崩れ落ちる。同時に、恥ずかしさで啜り泣き始めるリシェ。 「この変態!生臭!何が濃くて美味しいだ!ああ、きっも!!大体、お前がリシェを責める言い方もいちいち気持ち悪いんだよ!死ねばいいのに!!」  相手が力のある司祭でもお構いなしに、スティレンの体を乗っ取った悪魔は怒鳴り散らしていた。スティレン自体の言葉使いが悪いせいか、更に聞くに耐えない発言ばかりだ。 「言葉責めが気持ち悪いのは自覚してますけどねえ」  どうやらロシュにも自覚はあるらしい。  魔法で少量の水を作り出すと、濡らされた手を覆って軽く洗浄する。水は役目を果たし終えると、空気中に溶け込んでいった。  罵声を放ち続けるスティレンを軽くあしらい、リシェを優しく抱きかかえて「よしよし」と宥める。汗ばんだ額に優しいキスを浴びせながら体を摩った。 「良く頑張りましたね、リシェ。もう怖くないですよ」  …もっと可愛がりたい。  だが、彼にショックを与えるのは本意では無かった。 「これでお解りでしょう。リシェは私だけが可愛がれるんですよ」  スティレンは悔しそうに顔を歪めると、「俺がやりたかったのに!」と負け惜しみを言った。  ロシュはそんなスティレンに近付くと、彼の襟足をむんずと掴む。 「来なさい」 「!?」  リシェを片手で抱きかかえ、もう一つの手でスティレンを引きずるという常人離れした力の強さを発揮し、ロシュはそのまま階段を上がり始める。  大人にしては細身の彼は、司聖としての加護の恩恵を受けている為に並以上の馬鹿力を持っていた。 「ちょ…やめて!何なの、痛い!放せ!」 「他人の体を乗っ取って好き放題やろうとしているのを看過ごす訳にもいきませんからね」 「い、嫌だ!上に行ったら余計に司祭臭いじゃないかっ!この馬鹿力!!ヒョロガリゴリラ!!」  ズルズルと螺旋階段の上を引きずられながらロシュに引っ張られ、抗うスティレンは思い付く限りの罵倒を繰り返していく。  ここまで罵倒されたのは初めてですよと若干苛立ちつつ、ロシュは塔の上の自室へと戻ると抱えていたリシェをよいしょと下ろし、お風呂に入って来なさいと優しく告げた。  リシェが急いで浴室に向かうと、何故かスティレンも付いて行こうともがく。ロシュは彼をまだ掴んでいる状態で、駄目ですと目を細めた。 「この部屋、お前の匂いが半端無い!嫌だ!」 「そりゃあ私の部屋ですからね」  ようやくスティレンを解放すると、今度は逃げようと扉に駆け出した。 「逃がしませんよ。私のリシェにちょっかいを出した事を反省して頂かないと」  先を見越していたのか、ロシュは彼の動きを魔法で止めた。分かりやすくぴたりと動けなくなると、スティレンは観念したのかその場で座り込んでしまう。 「くそ!!」  似合わぬ怒声を放つ。 「黙って座ってて下さい」  ロシュはガラスケースに入っていた魔書を書斎机から引っ張り出すと、スティレンに見せつけながら「こちらの魔書の中に入っているのはあなたの半身ですよね」と問う。  魔書はケースの中で大人しくしていた。 「半身っていうか、俺なんだけど。たまたま乗っ取りやすいのが居たから分散しただけさ。てか、それ返せ」 「嫌です」 「は?」 「これは大聖堂側で呪いの浄化をしますのでお渡し出来ません」  呪いの浄化と聞いたスティレンは自慢の美しさを誇る顔を歪めて「ふざけないでよ!」と猛反発した。 「折角理想の体を手に入れたのに!要らない事をするな変態司祭!!」 「はあ、変態とは」  先程からやたら変態と罵られ、ロシュは苦笑した。 「どう見たって変態じゃないか!リシェに悪戯しながら気持ち悪いセリフ喋って!お前みたいなのが司祭なんて信じらんない!きっもちわる!!このムッツリスケベ野郎!!」  どの口が言うのか。  否定はしない。だが自分もリシェに悪戯していたくせに、と思った。 「その口の悪さ、どうにかなりませんかね…」 「口の悪さの文句は直接この体の主に言えば?ま、返す気はさらさら無いけどね。こっちはベースに従ってるだけだし。最初リシェに乗り移ってみたけど凄い拒否反応が出たからね」 「はい?」  聞き捨てならない発言に笑顔で反応してしまう。  今現在のロシュは、リシェを手篭めにされかけた怒りの気分が大きい。  リシェに手を出していただけでも我慢ならないのに、まだいらない事をしようとしていたのかと。 「乗り移ろうとした、ですって?」 「そう。全部お前のせいでね!司祭臭かったし!体が痛くて安定しなかった。あいつが一番良かったのに」  浴室に繋がる扉が開かれ、気まずそうにリシェが再び現れる。  痴態を見られ、いたたまれないのか彼は俯いていた。 「リシェ」  若干苛立ち気味のロシュだったが、リシェの姿を見ると怒りが収まっていく。  目を合わせるのも恥ずかしいらしく、乾いていない髪を揺らし、彼は「見ないで下さい」と小さく言った。 「こっちに来な、リシェ!」 「ああ、気にしなくてもいいです。別に行かなくてもいいですよ、リシェ。私のベッドで休んでいなさい」  全身をすっぽりと覆うタイプの寝間着に身を包んだリシェは大人しく大き過ぎる位のベッドに足を進めると、ぼふんと頭から布団を被って丸くなってしまった。  そのまま彼は顔すら出さない。  スティレンは「もう」と不満げだ。 「どうせリシェを自分のベッドに寝かせて好き放題にエッチな事するんだろ、この変態司祭!!」 「しませんよ。あなたの思考と一緒にしないで下さい」  ぴしゃりとロシュは突っぱねた。そしてスティレンに近付き、座る彼に向き合う形で膝をつく。 「舌を出しなさい」  髪の色と同じ茶系の優しい目を向けながら、ロシュはスティレンに強めに命じた。彼はぐぐっと声を詰まらせる。  舌に禍々しい魔法陣が刻まれているのを、ロシュは見逃していなかった。 「!!」 「聞こえませんでしたか?舌を出しなさいと言ったんです」  その言葉に、スティレンは「嫌だ」とぷいっとロシュから目を背けてぶっきら棒に返す。  借りた体に刻みつけた、自分の存在する証を見られたくない。  ロシュもロシュで、嫌がられても退かなかった。 「見せなさい」 「嫌だって言ってるでしょ!」  いじけた表情はまるで子供のようにも見えてくる。  まるで仔犬が吠えているように見えて、つい笑顔を浮かべるロシュ。 「あなたはまだご自分の立場がお分かりで無いようですね。身動き取れないのに意地を張ると、何をされても文句は言えませんよ」 「は!?」  優しくスティレンの顔を擦り、ロシュは自分の端正な顔を寄せながら「あなたは私に囚われているも同然なのです」と魅惑的な表情で囁く。  ひくひくと引きつるスティレン。 「お前が勝手に俺を引きずって来たんだろ!汚い魔法で人を拘束しやがって、早く魔法を解けド変態!!」  ありとあらゆる罵倒の限りを尽くす彼に、ロシュは「へぇ」と目を細め優しく言い聞かせるように話し出す。 「あなたは私のリシェに何をしましたか?動きを止めて好き放題しましたよねぇ…度が過ぎた悪戯を私の可愛いリシェに繰り返していましたよね。…はあ、へぇ…その事は無視ですかぁ。あなたはご自分を棚に上げて、よくもまあいけしゃあしゃあとそのような発言が出来たものだ。よりによって、私の大切なリシェに」  私のリシェ、というフレーズをやたら強調した。  スティレンはロシュを睨みながらうるさい!と返す。 「私の私のって強調するな煩わしい!気安く俺に触らないでくれる!?お前の発言全てがとにかく変態臭い!」 「うるさいので口の動きも止めましょうね」  その瞬間、スティレンは口を開けたまま停止した。  あがが、と声にならぬ声が喉の奥から漏れる。  にこにこと微笑み、ロシュは動けないままのスティレンの口をぐいっと更にこじ開けた。 「ああ、やはり。舌に魔法陣がはっきりついてる。転移型の円陣か…」  歯の治療をするかのように、ロシュはスティレンの口内を軽く指で探った。 「は、はっ…ああへっ(放せっ)」  魔法陣の詳細を確認した後、ようやくスティレンを解放する。その瞬間、彼は体を折り曲げてげほげほと咳き込み悶絶した。  苦しさに悶え、ロシュを睨みつける。 「嫌だって、言ったろ!!」 「あなたが強情で見せてくれないからですよ」  二人のやり取りがやけに壮絶で、布団を被っていたリシェは顔だけちらりと見せて様子を伺っていた。 「とりあえずその魔法陣を消さないとなりませんね。あなたは淫魔の気がありますから、早く払わないとスティレン本人にも影響が出てしまう」 「消せる訳無いだろ!」  ロシュはベッド上のリシェにちらりと目を向けた。  びくんと丸まった体が反応する。ロシュは安心させるように優しく微笑むと、「大丈夫ですよ」と言った。  動けぬスティレンをそのままに、ロシュは部屋に立ち並ぶ本棚の引き出しから丁寧にしまわれた茶色い革張りの箱を取り出す。 蓋を開け、中から真っ白く細長い棒を取り出した。  それは長さは十五センチ程で、数種類の小さな色鮮やかな魔石が組み込まれ丁寧に彫り込みも施されている。 「あまり使いたく無いんですがねぇ」  溜息交じりに呟く。 「ロシュ様?」  リシェはベッドからロシュに声をかけると、はいと返事をしながら棒を手にして戻って来た。 「それは?」 「体の中に入り込んだ悪性の魔力を吸収する棒です。滅多に使わないんですけど、舌に魔法陣が張り付いているならこれがいいかと思いまして」  その話を耳に入れたスティレンは、呻きながら「嫌だ!」と怒鳴った。  しかしロシュは白い棒を軽く振るい、邪気吸収の為に使う魔力を詰めていく。 「リシェ」 「は、はい」 「少し浴室に籠ります」  上体を起こしていたリシェは目を丸くした。  薄いクリーム色の寝間着姿で、彼は不思議そうに首を傾げる。 「あの、ここでもいいのでは」  疑問を持つリシェの耳に、ロシュは小声でやや照れ臭そうに「相手が淫魔の気があるので」と話す。 「刺激的な場面を見せちゃうかもしれません。あっ、あの、ですが!私は事務的にこなしてみせますから…」 「刺激的?」 「簡単に言えばエッチな事です。恐らく彼が達した瞬間に隙が出ますから、スティレン本人を呪いから解放出来ると思います」  リシェは泣きそうな顔を大好きな司聖に向ける。 「だ、抱くのですか、ロシュ様」  あああ、とその表情にロシュは慌てた。 「大丈夫ですっ、抱きませんよ!それに、彼本人は乗っ取られている間は完全に眠らされていますから記憶にも残らないですし」  あわあわと取り繕うロシュの背に、スティレンは「何してるんだよ、早く動きを解きな!」と罵声を浴びせた。  リシェはロシュの法衣の腕を掴む。  やはり好きな相手が他者を触るのには抵抗があるらしく、複雑な顔を見せてくる。 「リシェ、私はあなたとはゆっくり進みたい。ほら、やっぱりまだ怖いと思いますから…それに、私は一線を超えたら底無しにあなたを愛しそうで怖いのです。一晩中、もしかしたらそれ以上にあなたを可愛がりたくなりますから」  夜風がカーテンを抜けて室内に入り込み、薄着のリシェを掠めると彼はふるりと震えた。  ロシュは毛布をリシェの小さな体に被せ、まだ湿っていた黒い髪を撫でる。 「手短に済ませてきますからね」  そう言い残すと、彼は動きを制御され、苦しげなスティレンを引っ張り浴室へ向かった。  …ロシュが浴室へ篭ってから数十分後が経過した。  リシェにとっては、かなりの時間に感じられていたが、外の闇に浮かぶ時計塔を見ればそれ程時間は過ぎていなかったらしい。  乗っ取っていた体から分離されるのを恐れたスティレンの中の悪魔は相当暴れたらしく、吸い出しを行ったロシュは流石に疲れを見せていた。  体を洗われバスローブを着せられたスティレンは、ぐっすりと寝息を立てながらロシュに抱きかかえられて戻って来る。 「ロシュ様!」  ベッドから降り、リシェはロシュに駆け寄った。 「はあ…疲れたあ。とにかく暴れて参りましたよ。ですが無事に呪いの吸い出しは終わってこちらの棒に封じ込めました」  水滴が付着する白い棒。  魔石の色はそれまでは鮮やかな色で光っていたのに、今は黒く変色していた。  使用済みの印なのだろう。 「中に入っているんですか?」 「ええ。明日、地下に行って魔書ごと浄化して来ますよ」  抱きかかえていたスティレンを一旦ベッドへ運び寝かせると、封じ込めている棒を魔書の入ったガラスケースの中へと収納した。 「この子はあなたのベッドで休ませておきましょうか」 「え?あっ、はい。構いません」 「では、寝かせて来ますね」  軽々と抱える力の強さが羨ましく感じる。  リシェはベッドの縁に腰を下ろし、ロシュを待った。  浴室でどんな事をしていたのだろう。そう思うと、リシェは悶々としてしまう。嫉妬に似た醜い感情が胸をよぎっていた。  ただいま戻りましたよ、とロシュはにっこりと微笑む。 「リシェ、どうしましたか?眠い?」 「い、いいえ」  ベッドの縁に同じく腰を下ろすロシュ。そのまま、リシェを引き寄せて軽くほお擦りをした。 「疲れたでしょう」 「少し、休めたから大丈夫です」  そう言い、リシェはロシュの体に腕を回してぴっとりとくっついた。自発的に抱きしめてくれたのをロシュは喜び、更にほおを擦り付ける。 「どうしましたか、リシェ?甘えたくなりましたか?」 「…ロシュ様は苦しくないのかと思って」 「?」  リシェは言いにくそうに小さく呟いた。 「男ですから…」  意味を理解した。  ふふ、と苦笑するロシュは「そりゃあ…」と返す。 「あなたの恥ずかしい所を見ちゃうとね」 「………」  ドキドキしながらロシュを見上げた。 「えと…あの、お手伝いしましょうか?」  自分だけだと悪い気がした。  愛撫され、発散したくても出来ない苦しさを思い出すと、もしかしたらロシュも我慢をしているのではないかと思ってしまうのだ。  意外な申し出にロシュは目を丸くする。  リシェは自分で何を言っているのか分かっているのだろうか。 「リシェ?あの」 「苦しいと思ったのです」  確かに発散出来ないのは辛い。だが、気持ちは有難いがまだ彼には難易度が高いのではないだろうか。 「大丈夫ですよ。大人ですから我慢出来ますし」 「いえ、俺にもさせて下さい」  抱きしめてくるリシェの腕の力が強くなる。  ロシュは困惑したが、しばらく悩んだ末にリシェの希望を叶える事に決めた。手で擦る程度なら、と。 「では、手でして貰えますか?辛くなってきたら止めても構いませんからね」  白の分厚い法衣をめくり、リシェの目の前で自ら進んで前を開けていく。だがロシュの手を止め、リシェは自分の手を使って彼の下衣のファスナーを下ろした。  金色の刺繍の入った法衣の下に触れるのが初めてで、ぎこちない手つきでゆっくり触っていく。  密着するロシュの胸元から、激しく鼓動が聞こえてくる。やはり我慢していたのか、軽くそれを撫でると興奮した吐息を漏らした。 「あっ…」  ロシュは布地越しに触っていても自分のよりも更に大きく、手の中に収まりきれなかった。きつそうにしていた下着の中に手を伸ばし、優しく擦る。  初めて触れる彼の猛々しいものは、触られるのを待ち望んでいたかのように硬さを誇示していた。  ロシュはリシェに抱きつき、はあっと吐息を荒くし目を閉じる。長い睫毛を揺らし、興奮に身を任せながら「いい」と呻いた。 「ロシュ様、俺こういうの慣れてなくて。…これでいいですか?痛くない?」  健気なリシェはロシュを優しく扱きながら問う。上下に手を動かしていくにつれ、先端から沢山の体液が溢れ出していく。  …今まで、かなり我慢していたのだろうか。  ロシュは中性的な顔を恥じらいの表情に変え、小さく吐息を吐き出していく。 「ああ…っ、リシェ…」 「気持ちいいですか、ロシュ様」 「はあ、はっ…気持ち、いい」 「いっぱい、出てます」  扱く度に先端から溢れ出す。まるで熟れた果実のように、リシェの手元が彼の体液で濡れ、光っていく。 「は…あはあっ、リシェ…あなたの手によって扱かれちゃうと思うと、私っ」 「ロシュ様」  ロシュは抱き締めているリシェの顎を取り、小さな唇に深く口付けする。んん、と軽く呻くリシェ。  手の動きは遠慮がちに優しく刺激していると、更に硬くなっていった。 「は…もっと擦って。リシェ、嬉しいです、嬉しい」  ロシュが自分の愛撫を感じて顔を上気させている。それを見ながらリシェはぞくりと震えた。  性欲とはかけ離れた中性的な容貌を持つ彼が滅多に見せないであろう快感に打ち震える様子を見つめながら、彼自身をひたすら撫でていく。  こんな顔をするんだ…と嬉しくなった。  憧れていた彼の恥ずかしく乱れる姿を見たくて、リシェはベッドから降りて彼と向かい合うようにちょこんと座り直した。  興奮状態のロシュは、「あ、あの…」と少し動揺していると、リシェの黒髪が自分の股間に移動するのを目の当たりにした。  濡れそぼったロシュ自身に、おずおずと自分が以前されたようにキスを始める。その瞬間、ロシュはああっと悲鳴を上げた。  いけません、と慌ててリシェの頭に手をかける。 「だ、駄目ですリシェ!そこまでしなくてもっ」  ロシュ自身の匂いを感じながら、リシェは飴玉を舐めるように舌を出して優しく触れた。 「は…っ、ああ、リシェっ」  このままでは彼に大量に噴射してしまう。  並以上の体力があるように、性欲も半端ない。  司聖としての恩恵を受けて以降、ロシュの体質が変化していて、体力と腕力などが増えると同時に性欲も人並み以上になっていた。一度射精してもまだ足りないとばかりに、復活も早くなってしまう。  リシェを相手にするにはかなりの制御をかけなければならないのだ。…それなのに。  体液を啜る音が部屋に響く。たまに、ロシュの大きさがリシェの口に収まりきれない為に噎せる様子も見えた。  快感と理性のせめぎ合いに葛藤しながら、駄目ですと繰り返す。  彼にこのような事をさせたく無かった。でも。 「は…ああっ、駄目!リシェっ、もう止めて…大変な事になってしまう!!」  未熟さ溢れる愛撫が、堪らなく気持ちいい。  やがてリシェの口がロシュ自身を包むと、全身をびりびりと快感が襲った。 「あ…うあっ」  我慢出来ない。  必死に口内で舌が蠢いて、ロシュは一瞬彼の口に出してしまいそうになった。 「はあっ…はあっ、り、リシェ。手でお願いします。もう出しそうです、あなたが辛くなる」  しかし彼はひたすらロシュに吸い付いている。  焦り、リシェに声をかけた。 「リシェ、リシェ。お願いですから、もうっ」  下腹に顔を埋めていたリシェは少しだけ口を離すと、紅潮した顔で「いいんです」と返した。 「ロシュ様のが欲しい。飲みたい…あなたが俺にしてくれたように、俺も」  そう言い、かぷりとかぶりついた。  沢山出してしまう、とロシュは喘ぐ。  今までずっと我慢してきたのに、こんな風に彼の口を汚してしまうとは。自分は彼の保護者として、これからも見ていかなければならないのに。 「はあっ…っあ、リシェっ…あ」 「出して下さいロシュ様。頑張って受け止めるから」  つう、と舌先がロシュの弱い部分を刺激した。ぴくんと眉を寄せ、小さな騎士の頭に手をかける。  下腹がもう熱く限界を訴えてきた。それでもリシェはひたすら舐め、啜ってくる。 「もう…ダメですっ、リシェ…出ちゃっ…!!」  口内で硬く屹立していたロシュから、一気に解放されたものが放たれていく。熱く、とろみのある独特な味がリシェの口を突き、大量の液体が溢れ出していた。 「ああっ…り、リシェ!口離して!無理しないで下さいっ…」  ふるふると目を瞑りながら首を振り、少しずつ喉に通していく。しかし絶えずロシュから溢れていく為か飲みきれず、ううと呻き声を上げた。  リシェの喉の下に手を置くと、口から溢れた精液が滴り落ちる。 「まだ出るから口を離して…これ以上は無理でしょう」  ようやく唇を離し、頑張ってこくんと喉を鳴らして飲む仕草を見てロシュは全身を火照らせた。 「あっ…もうっ、また出…っ!!」  ロシュはぶるりと震えると、体内で改めて生成される体液をリシェの顔に放ってしまう。先程よりは薄めだが、ぬるりとした液体が淫靡に仕上がったリシェを汚す。 「ああ…ロシュ様…」  白濁液を浴びた彼は、ロシュを見上げて切なげに呟いた。 「ごめんなさい、ごめんなさい!リシェ、早くお風呂に入って」  さすがにもうリシェの眼前で自分のものを晒すのが恥ずかしくなってきた。  ロシュはリシェを促し、浴室へ行くように命じながら服を整える。自分に付着したロシュの精液を舐め取りながら「お気に召しませんでしたか?」と立ち上がりつつ不安げに聞いた。 「いえ、そんな事は!とても良かったですよ。ただ」 「ただ?」 「き、気持ち良すぎて…歯止めが効かなくなるのが怖いのです。でも、凄く嬉しい。嬉しいです」  リシェは嬉しそうな顔を見せた後、「良かった」と可愛らしく笑った。 「俺、一つ大人になった気分です」  そしてまた浴室へと姿を消す。  彼を見送った後、ロシュは先程の秘め事を思い出して満たされた気分に浸る。  何と幸せなのだろう、と。  余韻を感じつつ、汚してしまった手を洗った後で書斎机に向かう。  無造作に置かれたガラスケースに目を向けた。すると、ケースの蓋が少しだけ開かれている事に気付く。  もしかすれば、しっかり閉じずにいたので、淫魔の気が漏れてリシェの体に影響をもたらしたのかもしれない。  …それでも良かった。  また一歩リシェと距離が縮まったのだから。  朝日が昇ると同時に、鳥のさえずりが外の世界を目覚めさせていく。  二人で寝ていても広さのあるベッドの上で、柔らか過ぎる羽毛布団とロシュの腕枕に包まれながら、リシェはゆっくりと瞼を開けた。  いつもと違う寝室に状況が把握出来ず、安らかな寝息を立てているロシュを見て驚く。だがようやく記憶を蘇らせ、そのまま微睡んでいた。  …全部ふわふわする。  出来る限り密着し、その感触と暖かさを存分に貪った。  洗濯したばかりの手入れの効いた寝具、お互いに漂う石鹸の香り。そして心地の良い風と優しい朝の光に、一日の始まりを知らせてくる鳥のさえずり。  軽く身じろぎをすると、ロシュは軽く唸りリシェに更に密着してくる。  寝顔は凄く無防備だ。  リシェはロシュの安らかに眠る顔をぼんやりしながら眺めていた。  自分より年上のはずなのに、まるで少年のような顔で眠っている。リシェは静かな寝息で眠り続けているロシュの口元に、指を一本当ててみた。  薄く形の良い唇は柔らかく吸い付くようだ。優しく撫でていくと、ロシュは「んんっ」と軽く声を上げる。  少し驚いて、リシェは指を離した。 「…ん…リシェ?」 「あ…起こしてしまった…すみません」  柔らかい日の光を程よく浴び、目を覚ましたロシュは申し訳無さそうに謝るリシェを抱き締め「いいのですよ」と微笑む。 「暖かい」  ぬくぬくとお互いの体温を感じ合う。 すると、ロシュは抱き締めていたリシェの首に顔を埋めてすりすりとくすぐってきた。 「ロシュ様っ、くすぐったいです!」 「でしょう。くすぐっているのです」  真っ白な羽毛布団がもぞもぞと蠢く。  やがてロシュはあちこちキスを浴びせてきた。  驚いて小さく声を上げ、胸元へ潜り込もうとするリシェの体をしっかり捕まえる。 「ふふ、逃がしませんよ」  しばらくお互いじゃれあっていると、近くから物音が聞こえてきた。  リシェを組み敷いていたロシュは体をゆっくりと起こすと、きょろきょろと周囲を見回す。そして「あ」と早朝の来訪者に気付き呟いた。  ベランダを通じて、こちらの部屋を不思議そうに見回す垂れ目の少年が居る。  リシェのベッドに常時置かれていた、熊のぬいぐるみをしっかり片手に抱えて。 「あの…俺、何でここに居るんですか?」  寝ぼけ眼と波打つ柔らかな髪で、正気に戻っていたスティレンはふらふらと室内に入ってくる。 「スティレン」 「何…何お前。ここどこなの」  リシェはベッドから降りると、まだ寝ぼけているスティレンに「ロシュ様の部屋だ」と説明した。  しばらく頭が動かず、怪訝そうにリシェを見ていた彼は時間を置いてからようやく「…は?」と聞き返す。 「ロシュ様の部屋だってば」 「何で?」 「覚えてないのか」  抱き心地がいいのか、スティレンはぬいぐるみから手を離さないまま知らないと言った。  ロシュはふっと微笑むと、彼に近付く。 「無理もありませんよ。別の物が入り込んでいたのですからね。えっと…確認の為に舌を出して貰ってもいいですか?」  頭が冴えてきたスティレンは、突然目の前に現れた司聖の姿にびくりと反応を見せると慌てて彼の足元に跪き頭を下げた。 「あぁああ、そんな事しなくても大丈夫ですよ!さあ、立って下さい」  ロシュはスティレンを立たせてから、改めて彼に刻み込まれていた魔法陣があるかどうかを確認した。  彼のピンク色の舌に描かれていた禍々しい魔法陣はうっすらと残っている程度で、ロシュはホッと安心する。 「あなたも地下に行って浄化の泉の水でお祓いして貰う必要がありますね」 「どういう事ですか?」 「お前が変なのに取り憑かれて気持ち悪かったからだ」  不思議がるスティレンに対し、リシェは酷く雑な説明をした。  雑過ぎな上に意味不明で、更に気持ち悪いと落とされたスティレンはリシェに怒りだす。 「ちょっと、何それ!」 「とにかく気持ち悪かった」 「誰に向かってそんな事言うのさ!!」  美意識の高いスティレンには、気持ち悪いというマイナスイメージの言葉を受け相当ダメージを受けたらしい。そして、リシェに迫っていたというのを知れば、彼は更にショックを受けるかもしれない。  ロシュがまあまあとスティレンを宥めていると、外から風が突き上げる音が聞こえてきた。カーテンが風に煽られて舞い上がり、室内の物がカタカタと震える。  すぐに収まる風と同時に「おはようございます」と涼しげな声が響く。  リシェは風に煽られる寝間着を軽く押さえベランダへ目を向けると、書類の束を脇に抱えたオーギュが姿を見せていた。 「早いですねぇ、オーギュ」  まだ着替えてもないのにと苦笑するロシュ。  いつもの調子で冷静な顔の彼は、リシェとスティレンに目を向けた。  二人は剣士らしく即座に頭を下げる。  流石に似たような年頃の少年二人が部屋に居る事に違和感を感じたらしく、オーギュはロシュに不審者を見るような目を向けた。 「ロシュ様。いくら何でも二人同時に相手にするとか」  呆れ果てた物言いに、ロシュはまさか!と叫ぶ。 「ち、違いますよ!!違いますって!!」  何を言っているんですかと慌てるロシュ。やりかねないと思われるのは非常に心外だ。 「説明しますから疑わないで下さいよ…」 「分かりました。お話は後で聞きましょう」  オーギュは三人を回し見た後、とりあえず全員着替えて来たらどうですかと表情を変えずに言い放っていた。  着替えても尚、抱き心地の良いぬいぐるみを離さないスティレンにリシェは「それ返せ」と迫る。  前にロシュから買って貰った熊のぬいぐるみは、ずっとスティレンに抱えられている状態だった。  ふわふわする感触がたまらないようだ。 「別にいいだろ」 「良くない。返せ」 「どうせずっと独り占めしてるんだろ。少し位いいじゃないか。こいつ、凄く柔らかい」  カウチソファで二人並んで腰をかけながら言い争いをしている一方、少し離れた位置にある書斎机ではオーギュと向き合うロシュがガラスケースに入った魔書を見せていた。  魔書と一緒に入れられた白い棒を見つけたオーギュは、「何ですかこの棒?」と問う。 「スティレンから吸収した悪魔が封じ込められています。暴れて大変でしたよ」 「へえ…」  ガラスケースを手に、オーギュはまじまじと中身を眺めていた。 「リューノにその魔法陣の事を調べて貰ったんですが、あまりにも古過ぎてはっきり判別しなかったみたいで。移植型の呪いなんでしょうね。相性がいい人間に取り憑いては堕落させようとする悪魔の一種なのではないかと。こちらに来る前にカティルの様子を見に行ったら意外に普通でしたし、彼には移植の影響は無いようです」 「最初はカティルで、次はリシェに迫って失敗。一番相性が良かったのはスティレンですか。…話を辿ると随分転移しましたねぇ」  リシェの場合は司祭である自分の影響を毎日受け続けている為に、相手の嫌がる要素が存分に含まれていたのだろう。  ロシュの話を聞きながら、何故ヴェスカは弾き飛ばされたのだろうと考える。 「相性が絶望的に悪い場合はどうなります?」 「んん?ヴェスカの事ですか?」  誰とは言っていないのに、ロシュは明確に対象者の名を口にする。  オーギュは少し驚いて返した。 「良くお分かりですね。そうです」 「リシェからお話は聞いていたので…ううん、似た者同士なのではないでしょうかね?魔力も受け付けない上に性質が被るとか。まあ…はっきりとは言えませんけど」 「似た者同士か…」 ヴェスカに取り憑けば、それこそ一番危険な気もする。  まだぬいぐるみの取り合いをしている少年達に目を向けた後、オーギュは「地下に向かうのでしょう?」とロシュに聞いた。 「随分急かしますね」 「早く浄化して貰って、魔書の中身を読みたいんですよ。古過ぎて掠れてたりするんですがね」 「なるほど…それなら地下へ向かいますか。一応許可は頂いていますからね、そこまで仰るなら浄化を済ませて来ましょう。…スティレン」  そんなにこいつが好きなら接着剤でも塗っておきな!と言いながらぬいぐるみの顔面をリシェに押し付けていたスティレンは、突然声をかけられ少し驚いた顔をした。 「はい」  押し付けられ過ぎたリシェは、そのままばたりとソファの上に倒れてしまう。 「私達と地下に行きましょう。念の為に浄化の泉で身を清めておかなければなりません」 「俺が、ですか?」  ロシュはふわりと安心させるように微笑んだ。 「あなたが一番取り憑かれた時間が多かったので…大丈夫ですよ。少し水を浴びる位ですから」 「分かりました」  無言でリシェはぬいぐるみを抱えながら体を起こす。  スティレンはソファから腰を上げると、リシェの耳をぐいっと引っ張った。 「痛い!」  リシェは急激な痛みに弱い。 「何だよ」 「お前も来るんだよ」 「何で俺が」  言いかけたリシェに、スティレンは再びソファにどすんと腰をかけて耳元で強めに囁いてきた。 「俺だけあの二人の中に入るのは無理があるだろ!気まずいじゃないか、何を話せって言うんだよ!」  小声で言われたのでついリシェも小声になる。 「普通にしてればいいんじゃないのか」 「…無茶言わないでよ!」  アストレーゼン内での彼は、貴族の息子ではなく特別な役目を担う訳でもない、ただの一般の剣士に過ぎない。ロシュやオーギュと、このように易々と近付ける立場ではないのだ。  リシェには普通だとしても、自分は違う。 国のお偉いさんに普通に接する事など出来るはずもないスティレンは、リシェを小突きながらいいから早くしろって!と促した。 「リシェ、あなたも行きましょう」  彼の気持ちを汲んだのか、ロシュはリシェにも声をかけた。ぬいぐるみの手触りを堪能している彼は素直に「はい」と立ち上がる。  何なのさ、とスティレンは毒付く。 「ロシュ様の言うことなら聞くんだ?へえぇ」  自分の言う事を聞かないくせにロシュには従順なリシェに気分を害してしまった。 「従う事の何が悪いんだ」 「何で俺の頼み事は渋るのさ」 「渋るって…別に俺は呪われてなかったし」  スティレンは自分を見上げながら生意気な発言をする従兄弟の両耳を掴み、ぎりぎりと引っ張る。 「お前はとても乱暴だな」  向かい合うリシェは呻きながら言った。  彼からの理不尽な悪戯に慣れてきたのか、耳を引っ張られても動じずに会話を交わしている。  歪んだじゃれ合いをする二人を見ながら、オーギュは「行きますよ」と声をかけた。  その浄化の泉と呼ばれた場所は、ちょうど人々が集まるメイン聖堂の真下に位置されていた。  基本的に許可を得なければ立ち入り出来ない場所で、普段は厳重に管理された特別な場だ。地下にあるというだけで暗がりの中の湿気に満ちた陰気なイメージだが、実際足を踏み入れれば聖堂からの光が常に入り込んでいて外気の流れも感じる。  地下の壁には湿気による劣化を防ぐ特別な加工が施されていて、定期的なメンテナンスもされているので脆くなる可能性は低いようだ。 「ぞろぞろと連れてくるな!全く!!」  浄化の泉を管理している小柄の初老の男は、ロシュが連れてきた面子を見るなり怒り出した。  彼は昔からの管理者で、人嫌いなのか単独での作業が性に合っているのか、この地下の地味な管理の仕事を長年続けている。やたらと背中が丸まっており、姿勢の悪さが伺えて見えた。  ひんやりとした空気が流れる中、ロシュは「まあまあ」と男を宥める。 「許諾した瞬間にぞろぞろと!観光名所じゃないんだぞ、この若造どもが!!」  石壁に良く響く怒鳴り声を聞きながら、リシェはほら、とスティレンに言う。 「だから俺は余分なんだって」  泉の前には模様が模られた銀の格子が張られ、管理者が持つ鍵が必要だった。 「急なのは申し訳無いです。ですが早急に解かなきゃならないんですよぉ」 「ちっ…早く済ませろ。大体ここは儀式専門の場所なんだからな。分かってるのかロシュ、それにオーギュスティン。安易に使うもんじゃないんだぞ」 「ええ、分かっていますよ」  文句を言いながら男は格子を解錠させる。同時にセキュリティ用の仕掛けも一時解くと、「ほれ」と勧めた。 「ありがとうございます」 「さっさと終わらせろよ」  格子を潜り、浄化の泉の前に立つ。  泉の両脇には二基の石柱が設けられていて、侵入者が入り込むと石柱から拘束する為の仕掛けが作動するようになっていた。  石柱から高魔力の糸が出現し、そこから結晶が生成され進入する者を結晶内に閉じ込めてしまう。  何の変哲も無い石柱から高魔力の結晶が編み出される仕組みにしてしまったのかは分からないが、一旦閉じ込められると他者が解除しない限り永遠に結晶内に入ったままなので、通常は立入禁止と定められていた。  ロシュはガラスケースごと泉の水に浸す。泉と言っても、底は浅く大人の腰位の深さで、仕掛けに気をつけていれば何の不安も無い。  泉の奥には浸された祭壇があり、祭壇の中には初代の大司聖が使っていた聖杖が収められているという。  誰一人として目にする事も無いが、長い事魔力のある泉に浸されている為に杖に濃い魔力が入っているようだ。 「さて、スティレン」 「は…はい」  ガラスケースを浸している間、ロシュは後ろで待機していたスティレンを呼ぶ。 「次はあなたに軽く水を振りかけます」 「………」  リシェとオーギュは邪魔にならないように角に避ける。  不安そうなスティレンはロシュに促されるまま数歩前に進んだ。 「振りかけるって、どんな感じなんですか?」 「掬ってパラパラとかけるとかじゃないんですかね?私にも分かりませんが」  彼らの様子を見つめながらリシェとオーギュは小さく言い合っていた。 「それなら水鉄砲とか使うといいのに」 「……ふふ」  何故かオーギュは吹き出した。  しんと静まり返る中、ロシュに向き合うスティレンはかくりと頭を垂れた。そして次第に彼の体はかたかたと震えを起こす。  ロシュは不思議そうにスティレンの顔を覗き込むと、彼はぜいぜいと息を荒げて苦しげな表情を見せていた。 「まだ残っていましたか」  しぶといですねぇとロシュは苦笑いする。  胸元が締め付けられているのか、彼は胸を押さえながらロシュを憎々しげに見上げる。 「…っの、変態司祭が…っ!!魔書を返っ…」  ガシッとロシュの腕を掴む。  スティレンは呻きながら「絶対許さないからっ」と言いながら爪を立ててきた。 「浄化される事であなたも楽になると思いますよ?」 「嫌だ、嫌だ嫌だっ!!戻せ…戻せったら!!」  リシェとオーギュは二人の元に駆け寄る。 「ロシュ様。大丈夫なんですか、スティレンは?」  不穏な雰囲気を感じ、オーギュはロシュに問う。 「大丈夫ですよ。今の彼には私に刃向かうだけの力は残されていませんから」  はあはあと苦悶の表情をするスティレンを冷静に眺め、ロシュは泉の水を振りかけていく。すると彼は嫌がり、逃れようとした。 「嫌だ、離せ!」 「逃げても無駄です」  がっちりとロシュの腕に阻まれてしまう。 するとスティレンはリシェに目を向けると急に表情を変え、苦しみながらも甘えるように声をかけてきた。 「リシェ」 「………」  目を潤ませ、上目遣いでリシェに助けを乞う。 「ねぇ、俺が心配だろ?なら助けて?」  自画自賛する程綺麗なのは分かるが、今までの彼の振る舞いを見続けてきたリシェは眉間に皺を寄せる。  スティレンらしくなさ過ぎて、リシェは顔を引きつらせながら体を鳥肌で埋めていた。 「い、嫌だ」 「…はあ!?何で!」 「いいから黙って浄化されろよ」  スティレンがかわいこぶるとリシェは相当気持ち悪くなるようだ。このっ、と彼はロシュを振り切り身長差のあるリシェに掴みかかる。  うわわ、と声を上げながら身を逃れようと動いた。 「ロシュ様、完全に吸い出したんじゃないんですか」  オーギュはロシュの不完全さを指摘する。だがロシュは他人事のように返した。 「なかなか強いタイプだったようで、まだ魔法陣が薄っすら残っていたんですよね。うーん、なかなか執念が凄いですね」  その間リシェとスティレンは揉み合いを繰り返していた。次第に苛立ってきたリシェは、ああもうと叫ぶ。  今のスティレンはかなり弱体化している為に、いつものような力が出ないようだ。  掴んでくる彼の体をドンと突き飛ばした後、数歩退く。 「このっ…!リシェ、お前っ」 「…いいかげんにしろ!!」  腹に据えかねたリシェの発言に、ロシュとオーギュは同時に二人に目を向けた。そして慌ててロシュは叫ぶ。 「リシェ!お止めなさ」 「ちょっと…やめ…!!」  二人の青年が同時に言い終わる前に、リシェはスティレンの胸元目掛け腕を出し、湧き立つ泉の方向へ勢い良くラリアットを喰らわせていた。  ひあ…と叫ぶスティレンの体が浮く。  ロシュは口を押さえてその瞬間を見届けるしか無かった。  ばしゃああん、と水飛沫を打ち上げてスティレンの体が浄化の泉の中へ落ちた。  オーギュもその瞬間を見ながら口を開けたまま。 「ああああ…」  混乱するロシュ。  果たして彼は大丈夫なのだろうか。 「だ、大丈夫ですかぁあ、スティレン」  絡まれていたリシェははあはあと息を整え、泉に落下したスティレンに目を向けた。 「リシェ、やり過ぎですよ」 「すみません…あまりにもしつこくてつい…」  困った顔でリシェに注意したオーギュは、泉に落ちたスティレンを探す。  ぶくぶくと水面に泡が吹き上がり、間を置いた後で聖なる水を完全に全身に浴びたスティレンが顔を出してきた。 「えっ…何これ!?めちゃくちゃ冷たい!!」 「早く上がって。さあ」  オーギュは彼に手を差し伸べる。  スティレンはそれに対し意外そうな顔を見せたが、素直に手を伸ばし握り返した。ゆっくりと引き揚げられると同時に、床に水が大量に零れ落ちてしまう。  びしょ濡れになった彼はぶるぶると震え、「何で?」とリシェに経緯を問うとあまり悪びれずに返事がきた。 「記憶が無いのか。また乗り移って掴みかかってきたから、お前をそこに突き飛ばしてしまった」 「…ばっかじゃないの!?」  悪態をつきながら罵声を吐き捨てる。 「仕方無いだろう、しつこいんだから」 「だからって突き落とす普通!?俺の美しさが損なわれるだろ、濡れても美しいけどさ!…どうしてくれるんだよ!」  ようやく通常のスティレンに戻ったようだ。 「落ち着きなさい。すぐに乾かして差し上げますから」  オーギュが怒る彼を魔法の風で乾かしている間、ロシュはガラスケースを泉の中から引っ張り出した。  確認すると、どうやら中身は浄化されて禍々しい気は消え失せたようだ。それを見てようやくロシュは安心する。 「こちらも完了したようです」 「そうですか。それは良かった」  オーギュが作り出す暖かい風で濡れた体を乾かしているスティレンは、終始リシェに対して文句を言い続けていた。  リシェは「悪かったよ」と悪い事をしていなさそうないつもの無表情で謝る。言い方もやけに無機質だった。  顔を真っ赤にして怒るスティレンと、逆に冷静過ぎるリシェの対比が凄まじい。 「その口調、ぜんっぜん反省してないだろ!してないね!心底悪いって顔じゃないし!ムカつく!!」  地下に響き渡るスティレンの怒鳴り声に、離れた場所で待機していた管理人は我慢出来なかったらしく「やかましい!!」と怒り、靴音を立てながら近付いてきた。 「用事が終わったらさっさと帰れ!ここは気安く来れる場所じゃないんだ!」  ロシュは慌てて彼の前に出る。 「すみません!もう終わりましたから…」  宥められ、管理人はフンと鼻を鳴らした。手を払う仕草を見せながら「それならさっさと出て行け」と促す。  相手がどんな立場だろうと、彼は関係無いようだ。 「お陰様で無事に浄化出来ました。ありがとうございます」  丁重に礼を言って頭を下げ、ロシュ達は泉の敷地内から離れる。施錠の音を聞きながら、リシェも管理人に向けてロシュと同じように頭を下げた。  管理人は胡散臭そうにリシェに目を向け、彼をじろじろと観察する。 「随分と子供だな。よくこんなのを選んだもんだ」 「彼はまだ若いですが優秀ですよ」  格子の鍵をしまい、彼は早く出て行けとだけ言い残して去っていった。  自分の用事を済ませたのでさっさと管理室に引きこもったのだろう。人嫌いにも程があるが、だからこそこのような仕事が性に合うようだ。  スティレンは不愉快そうに何あれ、と呟く。 「感じ悪いね」 「あの人は昔からですからね。とりあえず用事は済んだからここから離れましょう」  オーギュはそう言い歩きだすと、忘れてましたとロシュは声を上げる。そしてガラスケースに入っていた魔書を取り出し、中身を改めるとオーギュに手渡した。 「修復なら私よりカティルの方が向いているでしょう」 「あなたも修復出来るんじゃないですか?」  魔書を受け取りながら、オーギュは首を傾げる。 「私だとかなり時間がかかりますから」 「そうですか」  地下の階段を抜け、ようやく明るい場所へ戻ると急激に瞼に日の光が差し込んでくる。  眩しさにううと呻くリシェ。暗がりから出ると、慣れてくるまで視界が急に阻まれてしまう。  スティレンは軽くあくびをすると、ロシュ達に向き直りぺこりと頭を下げた。 「俺、兵舎に戻ります。戻って報告とかしなきゃならないし…ご迷惑をお掛けしました」 「具合とかは大丈夫ですか?」  オーギュの質問に、スティレンは頷いて大丈夫ですと返す。揉み合った後の事故とはいえ、全身泉に浸かったのだから流石に浄化されたはずだ。  ふんわりとロシュは微笑む。 「そうですか。良かった…気をつけてお戻りなさい」 「はい。ありがとうございます。…ほら、リシェ。お前も行くよ」  スティレンはロシュの隣に居るリシェに声をかけた。 「俺もか?」 「お前、休みじゃないだろ。…ほら!」  確かに休みじゃないけど…とロシュをちらりと見上げる。彼はくすっと微笑み、「行ってらっしゃい」と背中を軽く叩いた。  リシェはこくりと頷くとスティレンに従い兵舎へと駆け出す。お互い言い合いをしながら目的地へ向かう二人を見送った後、オーギュは騒動を起こした手元の魔書に視線を落とした。 「あまり頼みたく無いけどあの人に修復を頼んでおきますかね」 「おや、喧嘩でもしたんですか?」 「喧嘩になったらいいんですけどね。注意してものらりくらりとかわすからタチが悪いんですよあの人は」  溜息交じりに嘆き、オーギュはロシュに「では」と告げると図書館の方向へ足を進めていった。  ころりと転がる白い棒が入ったガラスケースを手にしたまま、ふうと一息ついたロシュは司聖の塔へ向かおうと来た道を引き返そうと足を数歩進める。  一瞬強めの風が体を撫でてきてつい動きを止めると、ロシュの前に何者かが立ち塞がった。目をやや伏せていた彼は、その影に気付きその主に視線を向けていく。  同じく真っ白な司祭の法衣を確認し、そして。  …ロシュは息を飲んだ。  その相手の姿を見るなり、胸がずしりと重くなってしまう。出来れば、あまり顔を合わせたくない存在が目の前に居た。  同じ司祭だが、司聖のロシュよりも簡素な法衣を身に纏う三十代半ば程の穏やかな顔をした男は、固まっている彼の目の前に近づくとふっと微笑む。  低く落ち着いた声がロシュの耳の奥まで届き、彼の全身を微かな緊張が走っていった。  近付く事により、重なるお互いの白い法衣。 「久しぶりだね、ロシュ」  ロシュは固唾を飲み、向き合った相手を見つめていた。
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