第十章:ミルトランダの少女

1/187
714人が本棚に入れています
本棚に追加
/1943ページ

第十章:ミルトランダの少女

※この章は後半にグロ系表現があります  基本的に安全面を配慮して関係者や来賓客を覗き、司聖に対して個人的な面会の希望は受け付けてはいない。  大聖堂に居れば彼の姿を見る事は可能だ。  現司聖は山積みの仕事の量からの現実逃避で、気付けば聖堂内をふらつくタイプなので姿を見る頻度は高い。  一般民でも彼に会う確率は高いのだが、ある特殊な人物が個人的に司聖ロシュに会いたいと面会を打診してきたのが始まりだった。  補佐役であるオーギュは面会希望者の名前を確認するなり、即座にロシュに話を切り出す。  この相手には一度会った方がいい、と。  三十路近い青年司聖は、年の割には幼い顔をきょとんとさせて誰ですか?と口にした。  普段なら見知らぬ誰かとの面会は不必要だと切り捨てる彼が、そこまで重要視するとは珍しいのだ。  オーギュが相手の名を告げた瞬間、ロシュは惚けていた表情を一変させる。  ロストラル=アリーセ=ウィンダート。  …来訪者の名前は、リシェと同じ苗字を名乗っていた。  何故俺がお前と一緒に遠征なのだと、リシェはヴェスカに対して不満を口にしていた。  アストレーゼン城下街、仲介屋の手前。移動用の馬の手配を終えたヴェスカは「嬉しいだろ?」と彼の不満をはね除けるかのように歯をむき出して笑う。  アストレーゼンの東側に位置する街ミルトランダの技工商会へ向かう事になったのだが、何故か士長ゼルエはヴェスカとリシェを指名した。  主に宮廷剣士が扱う武具はこの技工商会で作られており、発注時や緊急を要する際は使いとして直接剣士が赴く事になっている。 「別に俺一人でも良かったのに」 「お子様が行っても説得力無いだろ!だから俺も一緒なんだよきっと」 「お子様だと!?」 「ほれ、そうやってムキになる所がお子様だ」  反論しようと口を開こうとしたリシェの頰を、ヴェスカの太い指がむにょりと捩った。弾力がある為かよく摘まめるので、弄りがいがあるようだ。  ぐぐっと言葉を詰まらせるリシェ。 「外部への行動は基本二人以上が決まりだからな。片方が何かあればすぐに対処しやすいし。ま、一緒に崖から落ちたりしたら意味無いけど」 「………」  一緒に心中なんて御免だとリシェはぶっきら棒に呟いた。  移動用の馬のレンタル登録を済ませ、ヴェスカは渋るリシェの背中を押しながら街の外へと進む。馬は強靭な体躯を持つ大きいタイプを選び、二人乗せられる体力のある立派なものを使う事にした。  ヴェスカのような大柄な者が二人ならば流石に無理だろうが、小柄なリシェが乗る程度なら安全だと店主のお墨付きだ。当然、節約にもなる。  若干気が荒い性格らしく、出発前でも落ち着きが無いのが難点だが。 「ちゃんとロシュ様に遠出するって言ったか?」 「言ったよ。少し遅くなるだけでも不安がるから、何をするにも先に報告しろってオーギュ様にも言われた」  お母さんか、とヴェスカは苦笑する。  ふわりと髪を揺らしながら歩くリシェを、ふーんとヴェスカは唸りながら見ると、ふっと思った事を口にした。 「…何だ?」 「お前、少し背伸びたか?」 「!!!!」  突然湧いてきた言葉に、リシェは凄まじいばかりの反応を示した。ぱあっと明るい表情でこちらを見上げ、「本当か!?」と期待たっぷりに叫ぶ。  こんなに嬉しそうな顔のリシェを見た事が無い。  普段の仏頂面からは考えられない程の喜びの顔だった。 「い、いや、伸びたように見えたからさ」 「そうか!!そうだよな。そろそろ少しは伸びてもおかしくは無いのだ」  頰をぽうっと赤らめ、さも嬉しそうに頷く。  少年期からめきめき成長し過ぎたヴェスカには分からない悩みを持つリシェには、身長が伸びたのではないかという疑問ですら嬉しいらしい。 「そこまで嬉しいもんなのか」 「嬉しい」 「お前が身長が高くなるの、あまり想像出来ねぇなあ」 「図体のデカい奴には、俺の気持ちなど分かる訳無いだろう」  馬を引きながらミルトランダへ向かう方向へと歩いた。街外れは旅行者や商人などが出入りし、賑わいを見せている。  邪魔にならない場所まで移動し、旅の支度を整えた。 「今回はお偉いさんが居ないからマイペースに行けるな」 「お偉いさん…ああ、そうだな」 「ロシュ様の自由っぷりが面白かったなあ」  くっくとヴェスカは思い出し笑いをした。
/1943ページ

最初のコメントを投稿しよう!