719人が本棚に入れています
本棚に追加
汗臭く湿っぽい、そして男所帯で暑苦しい。それがアストレーゼン大聖堂の護衛兵舎のイメージ。大聖堂に仕えている司祭の護衛をする為の鍛錬の施設は、荒々しい剣士達によって改装を繰り返すものの、土埃に塗れて汚れやすくなり、度重なる振動や衝撃によって老朽化が進んでいた。
広い練習場では実戦に備えた訓練や単独トレーニングをする屈強な剣士達で沸き、気合いの入った声が飛び交っている。
その中で、不釣り合いな容貌の者が一人。
日焼けした色黒の筋肉だらけの剣士達に紛れ、華奢な体つきをした若い少年が木刀を手にしたまま、無表情で尻餅をついた練習相手を見下ろしていた。
「どうした?腰が抜けたのか」
凛とした様子の少年は、黒髪を揺らしながら落ち着いた声音で問う。一方の相手の男は、悔しそうな顔を見せながらゆっくり立ち上がると、「このクソガキめ…」と舌打ちした。
体格差があり、こんなひょろひょろした子供に隙を突いて倒されるなんてあり得ない。
こちらは実戦経験のある剣士だ。それなのに、こんなひ弱な子供に翻弄されるなんて。
奥歯をギリッと鳴らし、剣士はゆっくり立ち上がる。
「手ぇ緩めてたわ。新入り相手に優しくし過ぎたな」
ハッタリをきかせておけば相手も戸惑う筈だ。手加減してやったのだと思わせておいて、先輩である自分の力が強いのだと。
ぽっと出の人間に舐められる訳にはいかない。
最初のコメントを投稿しよう!