第九章:それぞれの事情

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 …兵舎へ向かう最中に、リシェは大聖堂の前で真っ白な法衣の集団に遭遇した。つい身構えたが、彼らの前を通らなければ兵舎に行けないので仕方無く足を進める。  どうやらフレンリッカに帰るらしく、人数を確認している最中のようだ。  レナンシェの姿はまだ無く、シエルが中心となって少年達を見ている。  燦々と日光が降り注いでいる中、シエルはこちらに近付いて来るリシェの姿に気が付いた。 「リシェ?リシェだね?」 「………」  司祭特有の白い法衣をふわりと舞わせるシエルは、小さな御使いをイメージさせてくる。  彼はリシェの側へ駆け、昨晩の事を申し訳無く思ったのか少し引き気味に「おはよう」と挨拶してきた。 「あの…怒ってる?ごめんね、昨日の事」 「あんたが謝る事じゃないだろう」 「でも…」  しゅんと地面に目線を落とすシエル。  あのまま地下に閉じ込められたらどうしてただろうかと思ったが、ロシュが助けに来てくれたからそれはもう過去の事だ。 「あんたはあんたで、あの司祭の側に居ればいい。俺は心底あいつが嫌いだが、あんたにとっては大切な身内だろう」  そう言われてしまうのは仕方無い事だ。  シエルは苦笑しながら、「次はちゃんと止められるようにするよ」と言う。  シエルには彼の暴走を止められるだけの力が、まだ無かった。  また来ると思うけどと前置きした後で、彼はリシェを真っ直ぐに見た。 「次はアストレーゼンの街を君に紹介して欲しいな」 「俺に?」 「そう。君に」  優しく笑うシエル。  何故自分が、と口を開こうとしたその時、大聖堂の奥からレナンシェが姿を見せてくる。  明るい表情のシエルとは真逆で、リシェは仏頂面になっていた。 「おやおや」  レナンシェが現れると、見習いの少年達は挙って彼の周りに集まって来る。 「レナンシェ様!」 「レナンシェ様、お待ちしていましたよ!」  あどけない顔の彼らは、かなりレナンシェを慕っているようだった。  昨晩彼がしてきた事を忘れていないリシェは、外面だけはいいものだなと内心毒を吐いていた。 「やあ、おはようリシェ君。昨日は良く眠れたかな?」  やけに爽やかな笑顔が妙に神経に障る。 「しらじらしい。あんたのせいで半分寝不足だ」  吐き捨てんばかりのリシェの返事に、レナンシェは目を細めた。 「ふ…君は本当に生意気だねえ」 「も、もう!こんな所で言い争いは止めてください!」  場所に似つかわしくない行動を止めながら、シエルは今にも噛み付かんばかりのリシェの腕を取る。 「ほら、リシェ!また次に来た時は、絶対に約束守ってよね!僕、楽しみにしてるから」 「………」  取り繕うシエルの言葉を受け、脱力するリシェ。 「約束?何ですか?」  あんたに関係無いだろうと言いかけるリシェより先に、無邪気な顔のシエルは「次に来た時に街を案内してくれるんです!」と説明した。  ええっ、と口をあんぐりさせるリシェ。 まだ許可はしていないのに。  少年達に囲まれているレナンシェは、へえ…と小さな騎士を見下ろす。見下ろされるのすら嫌なリシェは、彼からの目線を無視してぷいっとそっぽを向いた。 「シエルとは随分仲良くなったようだね」 「………」  一方的に懐かれているだけだと思ったが、シエルはリシェの腕を掴んで離さないままで「そうなんです!」と裏表の無い笑顔を見せた。 「またここに来たいです。リシェともっと仲良くなりたいし…いいでしょう、レナンシェ様!」  強引に流れを作るシエルに困惑するリシェ。  対象的に映る二人を交互に視線を送った後で、レナンシェは表情をふっと緩める。 「またこちらに来る予定もありますからね。そんなに急かさなくても大丈夫ですよ」 「本当ですか!?良かった、リシェ!また会おうね!」  レナンシェの手が無表情を貫いていたリシェのほほに移動して、さらりと軽く撫でてきた。  ハッとその体温に気付き、咄嗟にその手を跳ね除けると数歩後退して睨む。 「触るな!」  何をされるか知れたものではない。  反抗的な様子のリシェを見下ろすレナンシェは、ふふと若干嫌味な笑みを浮かべた。 「次に会う時はもっと大人になるといい、リシェ君」  レナンシェからして見れば、リシェは背伸びを必死にしようとしている生意気盛りの子供に過ぎない。  こんな子供に果たしてロシュを守る役目を全う出来るかも分からないが、今の状態ではまだまだだろう。 「余計なお世話だ」 「そういう時は嘘でもありがとうございますと言うものだ。口の利き方も学んでおくといい」 「………」  さらりとした黒髪を揺らし、リシェはレナンシェから目を逸らした。 「では帰ろうか。さあ、リシェ君にご挨拶して」  意地を張ったままのリシェに対し、見習いの少年達は口々に別れの挨拶をしていく。 無下にする事も出来ず、リシェも納得出来ない表情のまま返事をした。 「じゃあリシェ、元気でね。またね!」  元気良くシエルはリシェにそう告げ、レナンシェに促されるまま大聖堂と街を繋ぐ階段を降りていった。  その後は、いつもと変わりない風景が繰り広げられる。  観光客や礼拝客が行き交ういつもの大聖堂。  白の集団が見えなくなった頃、リシェはどっと全身に疲れを感じてしまった。  あんな事さえ起きなければ無駄に疲れる事も無かったのだと恨みがましい気分になりながら、再び兵舎へ向かおうと足を進めていく。  もっと大人になれと言うレナンシェの上から目線の言葉が頭に浮かび、リシェは酷く苛立っていた。
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