朝に恋して

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あの頃を思い出す。小説を書くのが好きだった僕は、学校の休み時間中にノートに文字を連ねてはその度にいじめられていた。でも、その程度我慢しなさいと、皆の輪に入ろうとしないお前が悪いのだと教師に言われ続けて、そう言う物なのだと思い込んで、親には話せずにいた。  昭和から平成になったばかりで、新しい時代が来たと皆が希望を抱える中で、僕の絶望は新時代という王水に溶かされて形を失っていたのだと思う。  自分の気持ちもあやふやなまま、僕は学校で泣くことは出来なかったし、出来なくなっていた。そんななか、家に帰って来てから聴いていたお気に入りのCD。そのなかでも悲哀で満ちた迷いの曲。それを耳から流し込むと、自然と涙が零れてきた。  何でもいいから生きていよう。  その歌を聴いている時だけはそう思えた。学校ではひとりぼっちだけれども、家に帰ってくれば、家族がいて友達がいる。だから、僕が死んだらこの人達が悲しむわけで、無意味に悲しみを増やす事はいけないことだと、当時は思っていたのだ。  平成という時代になったばかりの頃、僕はほとんど自分を見失っていて、だけれどもただひとつ。物語を綴るというただそのひとつの行動だけで、自分の四肢をつなぎ止めていたのだと思う。  小学校、中学校を卒業し、平成という時代ももはや新時代ではなくなった頃。僕は高校に入学した。  はじめ、そこでも中学の頃までのように、物語を綴ることで虐げられるかと思ったけれども、そんな事はなかった。文芸部という物が存在しているという事実が、僕にとっては心強かった。  部員の数は少なかったけれど、先輩と、同学年と、後輩。みんな優しい人ばかりで、知らず知らずのうちに、僕は彼らを心の支えにしていた。  満ち足りたその生活、あまりにも輝かしいその三年間の内に、僕は忘れ去ってしまっていた物が有った。  いつの間にか、小学生の時に買った、聴く度に涙を零していたあの音楽から遠ざかっていたのだ。
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