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左手に一本の錫杖を持っていて、鈴の音だと思ったのは、錫杖についた無数の金属の輪が鳴る音だった。
その人物が彼の前に降り立つと、刹那、周囲の時間が止まった。草の葉一つ微動だにしない。
彼はほおがちりちりとするのを感じて、緊張した。
「男?女?…子ども?…老人?」
その人物はいわば全ての中庸を集結したような人物だった。年齢も性別も超越した独特の雰囲気を漂わせている。
「あなたは先へ進む意思がありますか?」
「ああ、もちろんだ」
何か大事な事が記憶の縁でひっかかっているもどかしさがあった。
「そう。あなたは行かねばならない。先へ」
ふっ、とその人物は微笑んだ。
「先へ進むその代償にあなたは何をくれますか?」
「えっ?」
「願いを一つかなえる代わりにあなたの大切なものを一つ預かります」
「等価交換、ってわけか…」
「まぁ、そういう言い方もできますね」
今度は底冷えのするような冷酷な光をたたえた瞳で彼を見下ろす。
「少々の犠牲はいつでもつきまといます。それでも、いつかは癒される。その時、あなたは自分が『何者』であるかを同時に知ることでしょう」
「言っていることが難しすぎてわかんないんだが」
彼は苦笑した。
その人物はまっすぐに彼の目を見据えた。
その時になって初めて、その人物の瞳の虹彩が七色にきらめくのが見えた。
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