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そう。宇宙空間で味わったあの絶望こそが現実で、あの暖かい麦畑のやすらぎは夢だったのだ。夢にしてはリアルで鮮明すぎたが。
「!」
その時、とある違和感が彼を襲った。
「色が…」
「え?」
「色がわからない。世界がまるで光と影だけでできているように思える」
周囲の人達は顔を見合わせた。
「あんな事になって、全く後遺症がない、というほうが無理なのかもしれないが…」
担当医は眉根を寄せてしかめつらしく言った。
「非常にめずらしいケースですが、あなたの場合、なんらかの原因で色覚異常になったようですな。もちろん何かのきっかけで治ることもありえますから、あまり落胆されないことだ…」
医者の説明によると、人間の視神経には光の明暗だけを見分ける桿体(柱状体ともいう)
と、色彩を区別する錐体という器官があり、彼の場合、後者の機能が働かなくなったということだった。いわゆる色盲の状態だという。
彼は、ある意味、記憶障害よりもたちが悪いことになったな、と思った。彼の周囲のもの全てが色彩を欠き、光の明暗だけがその世界を構築していた。
「とりあえず意識があることをよしとしましょう。…こちらのIDカードの写真はあなたで間違いないですね?」
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