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今日は特別な日だ。だって、こんなにドキドキしてるんだから。
繰り返し過ぎた挨拶ではもうここまで気持ちは昂らない。もう何人にもしているし、みんな同じような反応しか返してくれない。泣き叫んで、神様に祈りながら浮かべる恐怖の顔。
それが見たくて、泣き叫ぶ声が聞きたくて始めた挨拶だったけれど、やっぱりどんな娯楽も過ぎれば飽きる。世界一のシェフが腕を振るった美味しい料理も、毎日同じものばかり食べていては飽きてしまうのと同じ。
わたしを怖がるばかりの人たちでは、もう物足りないから。
だから、こんな風に高圧的に見下ろされるのがすごく気持ちいい。
挨拶をしたって、それに普通にこの家で過ごしていたって、街を出歩いていたって、周りの人たちは皆、わたしの顔色ばかり窺うんだもの。身なりやにおい、言葉遣いに至るまで、全部着飾った人たちばかりがわたしの前には現れる。
お父様ですら、わたしの機嫌をとろうと必死で、いつだって空回り。
だからこんな風に、鼻が曲がりそうなほどの据えた臭いの古いコートに煙草の臭いまで染み込ませて、こんなに鋭い目で睨み付けてくる人なんて、今までどこにもいなかった。
「あんた、正気か?」
こんな言葉遣いで、まるで気持ち悪いものをみるような声音を浴びることなんて、生きているうちは決してないだろうなんて思っていたのに。
「大勢の住民を、あんな惨たらしく殺して! あんたはそれで何も言うことがないのかよ!」
こんなに強い怒気を向けられることなんて、ないと思っていたのに。
彼の視線を受け止める眼から、彼の声が流れ込む耳から、彼の纏う空気に触れているこの肌から、ぞくぞくと震えが芽生えてくる。
こんな気持ちにしてくれる人には、やっぱりこの言葉を向けるべきね。
「刑事さん、明日の月はきっと綺麗でしょうね」
面食らったような顔も、とても素敵。
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