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志保はまだジャージ姿だった。唇をぐっと引き結んでいて顔が険しい。自分にも周りにも厳しいせいで誤解を生みがちだが、本当はすごく優しいことを部員なら誰でも知っている。実際志保から部員用じゃないチョコを貰いたがっている男は何人もいた。
「志保──」
「知ってる!」
あと三歩。それくらいの距離に来たところで志保はそう叫ぶと走り出した。くるりと翻ったところで長いふたつ結びの髪が弧を描く。それくらいの機敏さで走り出した背中が遠ざかる。
知ってるって……え?
志保の声を頭の中で何度も繰り返して聞く。「知ってる」。確かに志保はそう言った。
まだ手の中にある銀色の小さな星。
今年義理チョコを断った理由を、唯一知っている志保がくれたその星に込められた思いがあるとしたら。
「志保!」
遠くなった背中を慌てて追いかける。マネージャーをやらせておくのは勿体ない健脚が校舎の間を駆け抜けてグラウンドに出ていくのが見えた。
俺は荷物をかなぐり捨てスピードを上げる。
小さな星を手に、追いつけ、追いつけと願いながら。
了
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