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早くこんな日を終わらせたくて早足になった。まだ校舎に明かりが残っていることを確かめて、中庭を突っ切るルートを選択する。
「貢平!」
志保だ。声だけで判断して振り返る。呼ばれたから。ただそれだけの理由で。
そこに何かが飛んでくる。
中学でソフトボールをやっていたという志保のコントロールは抜群だった。真っすぐに俺に向かってきた何かは、校舎の明かりを受けて一瞬キラリと光る。
レギュラーと補欠の境にいる俺だが、さすがに外さない。志保が投げたそれは俺の肌に当たりパシと小さく音を立てた。
手のひらを上に向けて拳を開けば、そこには小さな銀色の星。
「これ……」
思い当たるところがあって鼻先に寄せると、案の定包み紙からチョコレートの甘い香りが零れていた。
「だから、今年は本命しか受け取らないんだって」
志保が俺を憐れんでいることくらい分かるから、なるべく明るい声で言った。
バレンタインだからじゃなくて、お菓子のお裾分けだって言い訳できそうなちっちゃなチョコレート。その義理にも満たない素っ気ないチョコを志保に返すために来た道を戻る。
つまんない俺だけの儀式かもしれないけど、カナに向けていた思いを断ち切るためには必要なことだから。
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