scene1-3

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 おそらく神とは何かのメタファーだったのだろう。「メタファー」とは何かに喩えることによって、物事の本質を伝達する手段である。メタファーは、本の中ではたくさん使われているが、今の時代にそんなまどろっこしいことをするやつはどこにもいない。AIは、俺たちの意思疎通も補助してくれる。彼らのパイプを通すことで、俺は俺の言いたいことを、ほとんどその通りに相手に伝えることができる。言葉を尽くすような必要はどこにもない。  俺が「Xだ」と言い、相手が「わかった」と言う。完璧な世界だ。どこにも壁は存在しない。  もちろんそれは、意思疎通が取れる程度に似通った存在だけを集めた壁の中だからこそできる芸当である。ほんとうに完全なコミュニーションなんて存在しない。完璧な絶望が存在しないように──そんなことがどこかの本に書いてあったが、そもそもこの世界には絶望が存在しない。AIの手厚い保護によって、あらゆる絶望が駆逐されている。だからこそ、俺は今ゴミ漁りをしているのだ。泣けるではないか。  俺は推測する。神というメタファーは、壁を越えるための道具だったのではないか。AIなき時代に、人類が必死で考え出した手段だったのではないか。とは言え、それを確かめる術はない。神のことを知っている人間なんて、誰ひとりいないのだから。議論も証拠も演説も何もない。ただ空想するだけだ。  俺は薄暗い空を見上げ、ため息をついた。他のブロックよりも少し低く作れらたこのブロックは、昼間でも少し薄暗い。ゴミは低きに流れる。これまた泣けてくる。 「おい、セイ。休憩時間はとっくに終わってるぞ。さっさと持ち場に戻れ」  現場監督であるマスダの声が聞こえてきた。
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