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scene2-1
見つかったヤバイ、という危機感は俺にはいっさいなかったし、灰色の作業服姿でこちらに近寄ってくるマスダにも怒りの表情はなかった。むしろニヤニヤとした笑みさえ浮かべている。それでも一応仕事をする気はあるのか、マスダは俺に尋ねてきた。
「お前、コールバンドはどうしたんだ」
「うるさいんで切りました」
作業開始のリマインダーが、三度スヌーズ的抵抗をしてきた段階で、俺はコールバンドのスイッチをオフにした。ゴミ漁りにだって、それぐらいの自由は認められている。でなければ、今以上に悲惨な気分を味わっていただろう。
俺の率直な答えを聞いても、マスダの表情は変わらなかった。あいかわらずニヤニヤ笑いを浮かべている。奴はずっとそうなのだ。この状況に慣れてしまっている。楽しんですらいる。その点においてのみ、マスダは俺よりも優れているのかもしれない。少なくとも、俺はこの状況を楽しんではないし、しようとも思っていない。しかし、実際やることと言えば、こうして休憩時間を逸脱して、空想にふけっているだけだ。そして、この区画には同じような奴らがごまんといる。いや、同じような奴らしかいないのだ。
システムに従順ではいられないが、かといってすべてに反抗して新しいシステムを立ち上げる気力もない。そこにあるのは、ただ流されたくないという焦りに似た気持ちだけだ。そんな人間は他の人間に対してろくでもない振る舞いをする。足を引っ張ったり、高圧的な態度をとってしまう。そんなどうしようもない人間たちの行き着く先が、この区画というわけだ。
昔拾った古い本に、「内平かに外成る」と書かれていた。国の内側だけでなく、その外側にも平和が広がっているという意味らしい。まさにAIが目指した世界の在り様だ。そして、たしかに世界はその通りになっている。すべてが壁で区分され、それぞれの内側に平和が訪れている。争いの種となる差異をすべて外に追い出しているのだから、当然と言えば当然かもしれない。
それが、Aiが規定したこの世界の正しい在り方なのだ。そして、誰もがそれに納得している。むしろ、それ以外の世界を想像できなくなっている。
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