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入院から1ヶ月ほど経ったころ。父の個室の扉を開けようとした時、一瞬みさ子の手が止まったのは、冗談を言い合う若い声が入り混じって聞こえてきたからだった。 扉を開けると、彼女の知らない男性の明るい表情が3つ飛び込んで来て、みさ子は思わず自分の驚いた表情を隠すように慌ててお辞儀をする。 「あ、ども。こんにちは!」 とっさのお辞儀に見舞い客ではなく身内だと気づいたのか、3人は元気よくあいさつする。まだあどけなさの残る雰囲気に、歳は自分より少し下に見えた。教え子だなとわかる。 「それでだよ、和也がちゃんと覚えてるのには驚いたよね。先生の言葉とか絶対右から左なタイプだと思ってたのに」 「おれだってたまにはあんだよ、心に響く恩師の言葉ってやつがさ」 「それも県大会決勝で思い出すんだから、ドラマみたいだったよな。『先生!おれ覚えてるぜ!顧問になった初日、お前らがオレを全国に連れていけって言っただろ!叶えてやるよ今日ここで!』って。あれでみんなめっちゃテンション上がったよな」 「ま、負けたけどな」 父がおどけて言った途端3人がどっと大声で笑い、手を叩いた。続けて、先生それは言わない約束だろうとおどける。 違う部屋からその様子を眺めるように、みさ子は別世界にいながら花瓶の水を替える。教え子の話を途切れ途切れ耳にしながら、そう言えば父がサッカー部の顧問であったことを思い出していた。
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