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個室を前にして、みさ子が扉に手をかけて止まることが多くなった。 父が入院して一ヶ月、生徒、元教え子、そして同僚の先生までたくさんの人が訪れ父と談笑することが多くなった。 同時にみさ子は個室を自分とは遠い空間に感じる時間が増え、自分が知るものとは違う父親の一面が勝手に耳に滑り込むようになった。 毎朝校門で誰よりも明るく生徒たちにあいさつする声が消えて、学校が物足りないこと。 教頭先生が居なくなった途端サッカー部の練習に身が入っておらず練習試合で連敗していること。 全校集会で毎回面白い『教頭先生のお話』が聞けないことをみんな残念がっていて、つまらない『校長先生のお話』の時間が倍になったと嘆いていること。 教頭なんて役職はお飾りか、よく言って教師たちの総務課長的立場だというのがみさ子の認識だった。それがどうだろう、見舞いに来る者たちはまるで物語の主人公に戻ってきて欲しいといった口ぶりで父が居ないことを残念がるのだ。家では娘にとって脇役中の脇役でしかない父がである。 この人たちはお見舞いに来る先を間違えているのではないのか。率直な思いだった。
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