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 パキッ。板チョコを割るような、間抜けな音が部屋に響いた。我に返ってあたりを見渡しても、食べ散らかしたチョコレートと、破壊された町だけ。また、何かが砕ける音がした。それと、何かが噴き出る音。背後。  振り返ると、壁にできた割れ目から何かが噴き出していた。チョコレート? 赤黒い液体が、どろどろと床に広がっていく。  壁面にひびが走って、液体がゴボッと気持ち悪い音を立てた。  私は駆け出した。壁が決壊して、濁流が近くのテーブルを吹き飛ばした。あの嫌な音が、今度は部屋のあちこちでなりだして、天井から真っ赤な粘液が意図を引いて滴り落ちた。ストロベリーソースなわけなかった。吐き気に口をおさえた。ブシュッ、ブチュッ、ボゴッ、ボチュ。生々しい音を立ててほとばしる汁。チョコでぱんぱんになった腹を抱えて出口に走る。遊園地が、花畑が、輝くホイルが、小鳥が、妖精が、パールが、汚らわしさに飲み込まれていく。私のことも飲み込もうと、赤黒い濁流が私を追い立てる。ブーツのせいでうまくはしれない。濁流が、そんな私を嗤って、私を食べようとする。甘い香りは、生臭い臭いに代わって、チョコレートブラウンは血と分泌物の混じった汚物色に塗り替えられて、夢の世界がぐずぐずに腐っていって……。  紅いベールを引きちぎって、私はエレベーターに飛び込んだ。濁流が「le Reve eternel」の文字を飲み込んだ。汚物の波が迫る。白い扉が、悪夢のような光景を遮ってくれた。それでも、執念の一滴が、私の服にかかった。閉まる扉の、わずかな隙間で、ピエロが笑っていた気がした。
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