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柊は青くなっているが、実はばれている、と倖之は踏んでいる。あの優しい昌玄のことだから、娘の気遣いにさらにそ知らぬふりをしているに違いない。
昌玄の店――パティスリーイノは、高校と大学の時、倖之のバイト先だった。昔から甘党で、特にケーキやフルーツタルトが好物だったが、友達や親の手前、口に出すことはなかった。かっこ悪いとか、男らしくないとか、そんなことを考えていたし、自分の名前が倖之で、見た目もどちらかというと線が細くて中性的だったことは、かなりコンプレックスだった。
ただ、新しくできたケーキショップを、好奇心とともに覗いたのは、やっぱり好きだからで。
面接に来たバイトと間違われ――間違ったのは昌玄ではなく、早とちりした柊と別の従業員だ――厨房に入って、目を見張った。
まるで魔法のように、クリームやフルーツをケーキへと変えていったのは、とても大柄な日に焼けた肌をした男で――真剣そのものだったから。
自分の悩みが、昌玄と、出されたケーキで少し軽くなったのは、忘れがたい思い出だ。
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