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「おススメは、ピエールマルコリーニかな。個人的には、世界一だと思う」
「………………は?」
「え……だめ?」
「……」
固まった倖之の沈黙に、こんな時に上目遣いで尋ねてきた柊が――本当に。ほんっとうに。
「どうすりゃいーんだよっ! おい!」
「え、あ……な、なにが?」
「この――チョコレート馬鹿が!」
両ほほをむいっと引っ張った。バイト時代は、悪いことや余計なことを言ったときには、よくこうして腹いせと仕返しをしたが、ここ最近はしなかったのに。
今しないで、いつするというのだ。
「い~~ひゃい!」
「この馬鹿! 変人! オタク!」
「~~~なんか分かんないけど、ごめんなさい!」
わかんないのかよ、おい! と重ねても無駄だろう。手を離せば、慌てて逃げ出した柊が、今度はカバンから別の箱を取り出した。
「気合を入れて選んでくるからっ……今は、これで!」
差し出されたショコラ・ボンボン。柊に言わせれば神配合のカカオ75%。予想通りなら、口に広がるのはきっと……ビターテイスト。
肩を縮めて、必死になっている柊に、脱力してしまえば怒りはすぐに溶けていった。
「……いいだろう」
一つ寄越せと指を曲げれば、大人しくつまんで差し出してくる。
甘みも苦さもすべてすべて――味わえるのは幸せなのだ。
「覚悟しておけ」
「――?」
掠め取るとき、指の腹についた分までもらっておく。
ぴゃっと引かれた指の先と、倖之とを。
信じられない顔で見比べる姿を、今は口の端だけで笑っておいた。
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