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ロザリオの花
「お客さん……。お客さん?」
香坂翠は、バックミラーで後部座席の客を確認しながら、ゆっくりと路肩にタクシーを止めハザードランプを点けた。
「お客さん、荻窪ですけどどうされます」
後ろを振り返って、そう愛想ない淡々とした口調で声をかければ、だが新宿で拾った男に起きる気配はない。
最初、タクシーに乗り込んできた時はだいぶ酔っているように見えたものの、「荻窪方面へ」とわりかししっかりとした口調で告げてきたものだから、さほど気にすることもなく車を走らせたのだが、実際走ってみればものの数分と経たずに男はそのまま寝入ってしまった。
とりあえず荻窪駅まで来てみたものの、これより先をどうしたらいいのか考えあぐねて声を掛けているのだが。
困ったと正面に向き直って、ステアリングを握ったまま翠は深い溜息を吐く。
タクシーのアルバイトを始めてまだ三ヶ月程しか経っていない。
幸いにもやっかいな乗客に出くわしたことは一度もなかったが、今晩はどうも雲行きが怪しい。
「よわったな……」
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