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業務規則上、運転手はむやみやたらと客に触れてはいけないため、客がどうしても起きない時の最終的な対処法としては警察に届けるしかない。
手続きなどに時間を取られるのは面倒だが、ここで二の足を踏んでいるよりかはましだろう。
それに、タクシーのバイトを終えたら、この後急いで行かなければならないところもある。
とにかく、警察に運ぶ前にもう一度だけ声を掛けてみてそれで駄目だったら仕方がない、と車を降りた。
後部座席のドアを開けて大口を開けて眠る男の顔を覗き込んだ。
これは、また結構なイケメンくんだ。
シートベルトもせず、後部座席いっぱいに横たわって口から涎をのぞかせながら眠るスーツの男を見下ろしながらボソッと呟く。もちろん心の中で。
来年三十歳を迎える翠より少し年下か同じくらいの。
短く刈られた黒い髪はツンツンとセットされてはいるが柔らかそうだ。
身に着けているダークスーツはブランドものだろうか、肩幅のある体躯と投げ出された長い脚によくフィットしていた。
腕時計を見ればこれまた高価なもので、翠の三ヵ月分のお給料でも買えそうにない。
若くしてどこぞの社長か役員か。
それともホスト?
そう思って、いや違うな、と翠は首を傾げた。
とにかく、今はイケメン男の値踏みを悠長にしている暇はないのだ。
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