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殺人事件。こうして改めて言葉にされると、悪い冗談にしか聞こえない。テレビのニュースと作り物のお話の中にしかないはずだった遠い世界のものが、すぐそばで行われたのかもしれない。怖いというより、異物感のような気持ち悪さを覚えた。 「毒殺だとすると、一番疑わしいのは当然チョコレートですよね。先輩、昼休みに他のクラスの人とチョコを交換しましたか?」 こいつはサイコ野郎なのでそういう感覚とは無縁らしい。謎解き気分で悦に入っているってわけでもなく、世間話みたいに話してくるからこっちもつい付き合ってしまう。 「してないよ。他のクラスの友達には放課後渡すつもりだったから」 うちの高校の昼休みは短い。昼休みは主にクラス内でチョコを持ち寄るのが、いつの間にか暗黙の了解になっていた。 「ということは、容疑者は先輩のクラスの女子15人くらいですね。男子で持ってきてる人はたぶんいないでしょうし、いたとしても目立つので犯人とは考えにくい気がします」 「男子は誰も持ってきてなかったよ」 あいつら、バレンタインだけしっかりもらってホワイトデーは知らん顔してるからね。 「容疑者が絞られたので、次は毒を盛った方法が問題ですね」 「方法? 手作りした人なら誰でも入れられるじゃん」 「『どうやってチョコに毒を入れたか』じゃなくて、『どうやって由美さんにあげるチョコに毒を入れたか』です。大勢で分け合う交換会で、どうやって由美さんを狙ったのか」 「由美ちゃんを狙ったんじゃなくて、誰でもよかったっていうのは?」 「誰でもいいなんていう愉快犯なら、もっとたくさん『当たり』を作って絨毯爆撃しそうな気がしません?」 完全に想像で物を言い始めた。どうせ仮定だらけの世間話だから、つっこんでもしょうがないけど。 それに、サイコ野郎が愉快犯を語るとちょっと説得力がある。 「狙って食べさせたって言うんだったら、チョコを個包装するのが簡単かな。1人分を小分けにして持ってきてる人は結構いたし。1人1人に個別のメッセージカードとか入れてる子もいた」 「そうですね、それが一番簡単っぽいです。というか、たくさんのチョコの中から特定の1つを掴ませるのは、個包装しなくちゃかなり厳しそうです」 「確かに。じゃあ容疑者は個包装組に絞れるね」 と言った私に対し、久保くんは 「うーん……」 と煮え切らない様子だ。そして、少し間をとってから話し始めた。
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