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彼女は間借りしている地主の庭で、白いカップに琥珀色をゆらめかせていた。鼻先で木々の湿った空気と、香ばしい香りが混ざり合う。
ここはエッジと呼ばれる国境にある田舎の集落である。地図には載っていない。国の端っこでエッジなのだ。目の前にある山脈を越えれば、雪深い隣国フェルジ。我が国ジルジットとは古くから交流があり、同盟国でもある。二つの開祖は兄弟であるともいう。
彼女はカップに口をつけると、眉をひそめた。視線は目の前の山脈にある。
「あれが噂の魔女かい」
「薄気味悪いったら。何しに来たってんだろうね」
「都から役人が来てくれるって話だったんだけどね。遅れてきたくせにあのなり、あの態度。どうもうさん臭くて」
「もう、やることもないんだからさっさと帰ってくれればいいのに」
背後にある屋敷の中から、さして隠してもいない陰口がたたかれる。屋敷の使用人たちだ。男も女も言葉とは裏腹に、興味津々で噂していた。
噂の的である彼女は、もう一口含むと、カップをガーデンテーブルへ雑に置いた。かちゃんと音が弾いて、中の液体が数滴外へ飛び出す。
ガーデンチェアにひっかけてあった薄手のローブを羽織ると、そのまま庭を後にした。
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