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地主の庭を出た彼女は、贄以外は登ることを許されていない階段の前にいた。
集落から少し歩いた山裾、階段の頂上は生い茂る木々に隠されて見えない。左右を覗いてもほかに道があるわけでもなく、背の高い草の間から木の幹が伸びて、広がる枝で陽光を遮っている。太陽はようやく頂点を行く頃合であったが、石を雑に置いただけのその道は、点々と雫のような太陽のかけらを落とす程度で、さながら夜がそこで居眠りをしているようだ。
深緑に支配されたその石段には墨を叩きつけたように、赤茶色の筋が途切れ途切れにひかれてあった。
これが、あの騎士の戻ってきた名残であろう。
階段を吹き降りてきた風に乗って、生臭い鉄の匂いがあたりに充満する。
この上はまだ、誰も立ち入っていない、ということだろう。
畏怖の対象は死んだ、という事実をもってしても、住人が気軽にこの道を行けないほど、ここは重々しい場所であるようだ。娘の亡骸でも拾ってやればいいのに、おそらくもう獣に喰われた後だろう。
これだけの匂いに、獣だけでおさまるだろうか。
へリンは少し躊躇いつつ、石段に足をかけた。
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