第1章

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「今日、バレンタインだね」 白い息を吐きながら、隣を歩く友人が呟いた。 方影に溶けきらなかった雪がまだ残る冬の終わり、学校へ向かう足取りは重かった。刺すような冷たい空気が体の内側まで沁み渡り、外を歩く人をことごとく憂鬱にさせる。 俺は正直、バレンタインという日が大好きだ。毎年女子からチョコをいくつ貰えるか友人と競ったり、いかに女子から格好良いと見られているか分かったりするその日、そして優越感に浸れるバレンタインデーが、好きで好きで仕方なかった。 しかし、今年は少し違う。楽しみだし、好きであることに変わりはないが、不安な気持ちが顔を出しつつある。 こんな感情は初めてでどう呼んでやれば良いか分からないが、ただひたすらに不安だ。 「ああ、そうだったな」 忘れてなどいないのにそう白けると、三反田(さんたんだ)も深く肩を落とす。 「俺、去年ひとつだったしな。今年貰えるかな」 「大丈夫だろ、気にすんな」 恐らく一番気にしているのは俺だろうが、そんなことなど露知らず三反田は恨めしそうに長い溜め息を吐く。煙のような白い息が広がった。 「気にするよ。桐山は良いよな、たくさん貰えて。去年何個だっけ?3個?」 「5」 左手を広げて、三反田の眼前に突き出してやる。この瞬間の優越感はやはり好きだ。 去年は先輩後輩同学年と、初対面含め全ての学年の女子からいただけたので、どうやら俺の顔は、なかなか女子受けが良いらしい。 三反田の嫌みったらしい文句を延々と受けながら、下駄箱を覗き見る。俺も三反田も相当ぎこちない動きだったとは思うが、今日の男は皆挙ってそうに違いなかった。まずはここ、下駄箱に入っている可能性があるからだ。 背中には、三反田の半ば諦めのような軽い溜め息がぶつけられたが、俺は下駄箱に押し込められた小包を取り出して、その名前を確認した。 「マツイ、マリ」 呟くと、三反田の悲痛な声が耳元からした。いつの間にか覗いていたらしい。 「なあ、こいつ知ってる?」 手書きの名前を見ながら言う。三反田は、慌てた様子で首を横に振った。 「おいおい、本人が聞いてたらかわいそうだろう」 「だって知らねえから」 「勇気振り絞って、ここに入れてくれたかもしれないだろ」 勇気ねえ。つい顔をしかめた。 勇気を振り絞るなら、下駄箱じゃなくて直接手渡してくれれば良いのに。その方が嬉しいのだが。
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