1/16
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ

ホワイトクリスマスというのは、どうしてこんなに人の心を落ち着かなくさせるのだろう。 スマホの液晶画面に貼り付いた小さな結晶に気付き、七美は空を見上げた。 紺色の空からは羽毛のようにひらひらと雪が舞い降りてくる。七美がため息をつくと、その白い息は夜空に吸い込まれるように消えた。 もう一度スマホの画面に目を移す。18時前。 ――駅前のクリスマスツリー、その下を囲う円形のベンチに17時。 来ないことなんて分かりきっていた。 それでもここに座り続けて、もう随分経っている。その事を改めて認識した瞬間、視界がじわりと滲んだ。 ――帰ろう。風邪を引いてしまうだけだ。 思いを断ちきるように、スマホ画面を消灯させる。マフラーをしっかり巻き直し、潤んだ目が見えないように、深く顔をうずめた。 そして立ち上がろうとした、その時――。 突然右肩にずしりとした重みを感じ、七美は視線を右に向けた。 ふわふわの黒髪、赤いチェックのマフラー。…若い男性の頭が、七美の肩に寄りかかってきていた。 一瞬躊躇ったが、七美は彼の肩を軽く叩いて起こそうと試みる。 「あの、こんなところで寝てたら風邪引きます――」 その言葉は途中で切れた。 …彼の、前髪に隠れた小さな顔。その頬を、透明な雫が一筋伝ってきていた。 「…え?」 七美は戸惑い、しばしその様子を見つめてしまう。 すると唐突に彼が顔を上げた。困ったような顔をする七美と、まっすぐに視線がぶつかる。 ふいに、背後のツリーのイルミネーションの色が変わった。オレンジ色から、桃色へ。周りから軽く歓声が上がり、人が集まってくる。 …ここにいては注目を集めてしまう。咄嗟にそう判断した七美は、思わず彼の腕を掴んで走り出した。 雪降る24日の街並みを、見知らぬ男性と駆け抜ける。 七美はいつのまにか自分の涙が乾いていることに気がつかなかった。 〇
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!