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改札前で立ち止まった七美は、我に返ると男性の腕から手を離した。
「…ごめんなさい、突然」
「いえ。むしろありがとうございます」
そう言って彼は軽く会釈した。そこで改めて七美は彼と正面で向き合う。年下にも見える、若い青年だった。
あの涙は幻だったのだろうか。柔らかそうな黒髪からのぞく瞳は凪いでいて、静かだった。でも。
「あの…大丈夫ですか」
七美はそう聞かずにはいられなかった。彼が驚いたようにまばたきをした。しかし首をゆるく横に振り、
「…ご心配ありがとうございます」
と小さく答えた。
そのまま少しの間、沈黙が落ちる。
「あの、もしかしたら待ち合わせだったんじゃないですか。大丈夫ですか?」
気遣うように言われたその言葉で、七美はもう一度泣きそうになった。
コートのポケットの中で、ぎゅっとチケット――…遊園地の前売り券を握りしめる。
「…色々あって、来れないみたいなんで大丈夫です」
か細い声で七美はなんとか絞り出した。泣き出してしまわないように、必死に目に力を入れる。
彼はそれをじっと見ていた。
「そうだ、もしこれよければ貰ってください」
もう、手離してしまいたかった。七美はそう言うとくしゃくしゃのチケットを差し出した。
「私は行かないんで、お友達とでも」
彼が目を見開く。
「ここクリスマスイルミネーションが綺麗で、デートにもいいですよ」
彼はもちろん断り、七美の手元に返す。しかし何度かぐいぐいと押し付けると、彼は渋々チケットを握った。
「ペアチケット?」
「そうです、だから…」
「じゃあ今から一緒に行きましょうか」
七美の言葉を遮り、彼がありえない提案をした。今度は七美が仰天し、目を見開いた。
「え?」
「これから特に予定もないんで。もちろん、お金の半分は支払います」
「あの、私」
「…こういうイルミネーションて今までちゃんと見たことないんですよ。せっかくのチャンスだし」
慌てて断ろうとした七美の言葉は途中で消え失せる。
ぽつりと言った彼の表情があまりにも切なすぎて、何故か泣き出してしまいそうにも見えて――…。
気づけば、小さく七美は頷いていた。
「じゃあ、行きましょう」
…今度は彼が七美の腕を掴んだ。そのまま改札を通り抜け、丁度到着した電車に滑り込む。
七美が何気なく車窓から外を見ると、空から舞う雪は細かな粒に変わっていた。
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