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その表情に七美は何故だかホッとする。改札前で見た表情や、ツリーの下で流していた涙が頭に刻みついて、離れなかったからだろうか。
「えっと、向こう側がメインのイルミネーションです」
アーチをくぐり抜け、七美が半歩前に立って指さすと、彼は素直にその指の先を見つめた。そこには、
「…すごい」
小高い丘一面に、まるで花畑のように色とりどりのイルミネーションが広がっていた。間にはいくつか径(こみち)があり、すぐ側を通り抜けられるようになっている。
「行ってみましょう!すごい綺麗です」
彼は目を輝かせ、まるで子どものように七美に笑いかけた。その笑顔に、七美は目を奪われる。
瞬間。
彼ではない、別の姿がその笑顔に重なり、七美はうまく呼吸ができなくなる。
『やばい!綺麗すぎるな七美!』
その時の笑顔が、無邪気な声が鮮明に甦り、七美は胸の前でこぶしを強く握った。浅い呼吸を繰り返し、きつく目を閉じる。
「…どうかしました?」
ふいに声をかけられ、七美はハッとした。目を開くと彼が心配そうに七美を覗きこんでいる。
「…なんでもないです、行きましょう」
こぶしを開いて無理矢理に笑顔を作り、七美は歩き出した。
目の前に広がるイルミネーションは七色に輝き、幻想的な雰囲気を醸し出している。
七美は振り返らずに真っ直ぐ丘へ向かった。彼の複雑そうな表情には、気づかないまま。
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