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七美は一瞬呼吸を止める。周りの浮かれた雰囲気の中、二人の間にだけ沈黙が流れる。
先に均衡を破ったのは彼だった。
「あ…ごめんなさい、変なこと聞いて。忘れてく…」
「彼氏と来るはずだったんです、今日」
七美はゆるゆると首を横に振った。
「…数日前に別れたのに」
子どもの泣き声と、騒ぐ学生軍団の笑い声と。それらが耳に入ってくるはずなのに、どこか遠い。
「チケットは前々から取ってあったから、もしかしたらって諦めきれなくて」
七美は自分の拳を見て小さな声で絞り出す。一瞬我に返り、なんでこんなことを言っているのだろうと思った。でも、止まらない。
「初めてデート来たのも、ここなんです。だから最後に来たかった」
そう言うと、七美は深く息を吐いた。目を閉じると、その時の二人の姿が浮かんでくる。
「…こっちこそごめんなさい。クリスマスにこんな辛気くさい話を」
七美は苦笑してコップの水に口をつける。…良かった、泣かずに済んだ。
別に、強くなった訳じゃない。彼氏を吹っ切れたのとも違う。――ほんの少しだけ、今日は彼との思い出を、上書きできたから。
「他に乗りたいものとかあります?」
七美はなんとか表情を取り繕い、カバンから地図を取りだし広げた。
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