コーヒーの香りと「黄色いゼラニウムを添えて」

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“からんからん”という扉につけられた鈴が音を立てながら、「喫茶 ゼラニウム」の扉を開くと、そこは、アンティーク調の家具が置かれていた。趣あるシャンデリアが、店内をほんのり明るく照らし、コーヒーのいい香りが鼻孔を刺激する。店内を見渡せば、客は私一人だけのようだ。そんなことを思っていると、「いらっしゃいませ」と低めの男性の声が聞こえた。そちらを見れば、銀髪をオールバックにまとめ、黒いエプロン姿に、眼鏡をかけた50代ほどの男性が深くお辞儀をしたあと、穏やかな表情を浮かべていた。まさに、純喫茶って、感じの。この喫茶店のマスターだろうか?そんなことを思っていると、彼はにこやかに微笑んで、近づいてきた。 「何名様でしょうか?」 「1人です」 「お好きな席へおかけになってください」 「ありがとうございます」 思ったよりも広い店内。私は、一番奥の壁際の二人掛けの席に近づいた。1つの椅子に大量に買い込んだ品を置いて、その対面に腰を下ろした。そして、ぐぐーと足を伸ばす。バキバキとここでは似つかわしくない音を立てる。まぁ、いい。一人しかいないのだから。ゆっくり店内を見渡せば、ところどころに黄色い花が飾られている。 「…あじさい?」 思わず思いついた花の名前を口にする。 「ゼラニウムという花ですよ、お嬢さん」 「ゼラニウム…?」 ちょうどそこにお水とメニュー表を携え、先ほどのこの喫茶店のマスターらしき人がやってきた。 花といえば、チューリップとひまわりくらいしかぱっと思い浮かばない私にとっては、聞いたこともない花。 「ん?ゼラニウム…?」 ひっかかったその名前を口にして、ふと合点がいった。 「このお店の名前の花…?」 「そうです」 「…なるほど、一つ謎が解けました。新しい栄養サプリメントの名前かと思っていました」 「ははは…お嬢さんは、愉快な人ですね」 「…そうですかね」 「そして、素敵なお嬢さんだ」 「…どうも、ありがとうございます」 そういって首を竦めれば、目の前にお水とメニュー表を置かれた。 「ご注文が決まりましたら、お呼びください」
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