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薄暗がりの中、彼はじっと空を見つめている。 あの日からもう245日が経とうとしている。246日目は来ないだろうなと、彼は心の中で呟いた。下腹部には大きな銃創があいており、どす黒い血がとめどなくあふれている。息をするたびに、どこからか空気が漏れるような音がする。物陰に横たわったまま、ここで土に還るのだろうと彼は直感した。 いや、土に還る事などありえるのだろうか。ここはすべてが人の手によって創られた地下都市である。空はただの照明だし、地面は隅々まで舗装されており自然を感じる余地はない。 それに、もうすぐ政府の犬どもが追って来るに違いない。奴らは亡骸を喜んで回収し、施設に送るだろう。一匹殺し損ねたのは残念だったが、あいつらの怯える顔は傑作だった。目の前で仲間の頭をねじ切ってやったんだからな。俺達と正面きってやりあうのは無謀だと教えてやれたに違いない。その一点だけでも、自分が死ぬ意味はあるはずだ。 風がふっと彼の頬に触れる。彼の目に映る星の数は段々ぼやけてきた。ここの住民は星を見上げるのだろうか。そしてその更に上にある地上を思い浮かべる事はあるのだろうか。 「羊どもにそんな頭はないさ」 死が彼を連れ去ろうとするその瞬間においてさえ、彼はどこか満ち足りたようだった。
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