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遅かれ、早かれ、俺の人生は殺人を犯した時点で終わっていたのかもしれない。暗い将来を考えるのならば、初めから大人しく刑務所に入っていた方がよかったかもしれない。
「はあ・・・」
俺は深い溜息つき、仕事を続けるしかなかった。淡々と、それこそ刑務所で働かされているかのように。
*
あの“特別な日”から十年の月日が流れた。私は、刑務所を五年前に出所できた。元々、真面目な性格だったので、刑務所での規則正しい性格にもすぐに慣れ、殺人犯であったが模範囚としての功績が認められ、思ったより早く出ることができた。
私は刑務所で稼いだ少ないお金を元でに、浩介の生活を送ることになる。もちろん、生活は楽ではなかった。刑務所出というのがネックになり、なかなか、私を雇ってくれるところが見つからなかった。その方が、私としてはよかった。かつての決められた未来がない分、存分に私は浩介としての生活を満喫できた。
やがて、小さな会社に就職が決まり、そこでは上司による嫌がらせを兼ねた仕事を次々与えられたが、どれもこなしていった。淡々と同じことを繰り返される康作としての日々なんかより、ずっとやりごえがあり、爽快だった。誰も私に気をつかったり、おべっかけをしようともしない。これこそ、私がずっと歩みたいと思っていた人らしい生き方。
私の仕事ぶりはやがて、社長の目にもとまるようになり、五年の間に係長まで昇進できた。遅い出世ではあるが、私は幸せだ。
ただ、その一方で、気がかりなことがある。私と人生を交換した、本物の浩介のことだ。私が歩んできた人生というレールを走り続かされて、嫌になっているのではないかという心配だ。私が持ち掛けた提案とはいえ、彼に私の味わってきた人生の苦痛を味あわせるのは心苦しく、私の心の中にわだかまりとして残っていた。
私は彼がどうなったのかを知るため、密かにかつての屋敷を訪ねることにした。ところが、そこあった屋敷は売りに出されていた。近所の人に話を聞いてみると、景気がどうしても上向きにならないらしく、屋敷を売り払ってどこかに引っ越したらしい。
やっぱり、彼は素晴らしい人だ。私の歩んできたレールのような人生を易々と壊してくれた。
人生はやはり、自由でなくては。
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