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(今日は特別な日か)
牢屋の中で私はそんなことを考える。もうすぐ、仮出所の手続きの為、刑務官がやってくる。
特別な日。思えば、それはあの時から始まっていたのかもしれない。他の人からみれば馬鹿げたことであるが、新しい人生を歩み始めたという意味では、その日こそ、私にとって特別な日。
誰につくられたレールを走り続けるのではなくもっと、人として自由な日が始まった。
*
俺の名は浩介。殺人事件の犯人として全国に指名手配されている身分だ。
これが、冤罪ならお前達はきっと、俺に同情や慰めをしてくれるだろうし、冤罪を晴らす為のドラマティックな展開を想像するだろう。しかし、残念ながら冤罪ではない。俺は正真正銘の殺人犯だ。
殺人の理由は簡単だ。相手が満員電車の中で俺の靴を踏みつけておきながら謝ろうとしなかったから。それでムカついて、駅のホームに降りたところを追い掛け、腹にナイフを突き刺してやった。それで、相手はお陀仏だ。
俺は別に、この程度のことで捕まることを不条理だとは思っていない。実際、殺したのは事実であるし、悪いことだと思っている。だが、俺にはどうしても、刑務所という場所には行きたくなかった。あそこの狭い空間で誰かに命じられて一日を過ごされるのがどうしようもなく、嫌だった。
捕まりたくない俺は、逃亡生活を送るしかない。多少の不便はあるが、刑務所で過ごさされるよりは、ずっとマシだった。
ある夏の日のことだ。俺は人目を避けつつ、雑居ビルの外付けの階段で寝ていた。そんな俺を叩き起こす奴がいた。
「浩介だな」
黒い服を着た如何にも怪しげな男は俺の顔を確認すると、無理矢理、俺を捕まえ車に乗せた。警察の関係者ではなさそうだ。助けを呼ぼうには、立場上、叫び声を上げる訳にはいかなかった。警察が駆けつければ、一発で指名手配犯だと分かり、捕まってしまう。怪しい男は、それを分かっているらしく、暴れて抵抗する俺を力ずくで抑え込んだ。
まともな抵抗も出来ぬまま、車に揺られること数十分、俺はどこかの屋敷に連れてこられた。
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