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僕の言葉を辛抱強く待っていた晃生は、長い沈黙の後、ふっと息を漏らした。
「嫌なら思いきり突き飛ばして。……俺は明日またイギリスに帰るから、多分もう二度と愁に会うこともないだろう」
「そんなっ……」
驚いて顔を上げた僕に、晃生が苦笑する。
「狡いことしてるって分かってて言ってるんだ。……それくらい俺も必死だってこと」
晃生への想いがとうに兄弟としての範疇を超えていることは、僕も十分に分かっていた。晃生と別れて以来、自分を慰めるとき決まって思い浮かべるのは、晃生の姿だったから。
でも、晃生は僕が血の繋がった兄弟だと知らない。それなのに、僕が晃生の気持ちを受け止めるのは、晃生を瞞し、裏切ることなのだろう。最悪、晃生に憎まれ、本当に二度と会えなくなるかもしれない。いくら僕が世界を震撼させている極悪人だって、晃生に嫌われるのは、血の涙を流すほどつらくて悲しい。
「……逃げないのなら、このまま連れ去るよ」
晃生の低い囁きに、僕は身を震わせる。
この声も、温もりも、全部僕のものにしたい。
全部、晃生のものにしてほしい。
こうしてすべてを求められているいま、その欲望に抗えるはずなどなかった。
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