4.上海の恋人

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4.上海の恋人

「今日は何処へ行くのですか?」 ホテルのラウンジでブランチを食べながら、安奈が言った。 昼前のラウンジは、落ち着いていた。 「巨鹿路へ付き合ってくれないか?」 「巨鹿路?」 「莉莉に会いたいんだ」 「え?」少し驚いた様に言った。 「心配なだけだよ」 客観的に考えれば、安奈と付き合っている訳でもないのだから、何も気にする必要はないのだが、何故か恋人に言い訳をしているように言った。 「上島さん、優しいですからね」 不満そうにでも納得したように安奈が言った。 「このあたりが巨鹿賂の真ん中あたりです」 タクシーを降りて、直ぐ先の交差点を指さし安奈が言った。 見覚えがあった。真っ直ぐな路の多い上海では珍しく、巨鹿賂はゆるく蛇行している。 超高級感があるわけでは無いが、豊かな街路樹や比較的交通量が少ない事もあり、落ち着いた商業、住宅街のように思える。近くには欧米人がよく来るオシャレなカフェやマッサージ店も多かった。 莉莉とは僕の仕事以外の時間はいつも一緒にいたし、その時はホテル中心に活動していたが、それでも、色々莉莉の買い物をしたとき(それを家に置きに行く)や、なにか家に忘れ物を取りに行くときに、時々、莉莉の住んでいるところまで来たことがある。 記憶を辿るように、巨鹿賂を東に進んでいった。安奈も付いて来た。 右側にいかにもブルジョア階級の子供が通うような幼稚園が見えてきた。近代的でカラフルな校舎、部外者が出入りできないようにした高い柵、警備員、豊かな緑。時間になればスクールバスと迎えの車が出入りする。 一度も歩いて校舎を出る子供を見たことがないような幼稚園だった。 その場所の道向かいに莉莉が住んでいたマンションへの入り口があった。アーチ式の入り口をくぐると、奥に小道が続いている。 その両側に、5階建てのおそらく戦前から建っているのではないかと思えるマンションが数棟建っていた。 「待っててくださいね」そう言って、両手に一杯の荷物をもって、莉莉は小路を奥に小走りに入って行った。 僕は、そのアーチの前で、幼稚園を見ながら莉莉を良く待った。 そして、また小走りに戻って来て、「お待たせ」と言って最後に少しジャンプするようにして僕の前に立った。
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