第1章

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 二月十二日。バレンタインデー二日前。  陽向はショッピングセンターのバレンタイン特設コーナーの前で、陳列されたチョコレートをじっと見ていた。  赤や黄色のカラフルな箱がショーケースに並び、中に一個づつ可愛らしく形作られたチョコが収まっている。 「バレンタインかー」  二月十四日の愛の誓いの日は、今まで生きてきてそれほど縁のあるイベントではなかった。もらったのは母やクラスメイトからの義理チョコぐらいだ。  けれど、今年は違う。 「だって、デキちゃったんだもんな」  ふっ、と口端がゆるんでデレた顔になった。横にいたOL風のお姉さんが怪訝な表情になる。 「お」  慌てて顔をひきしめた。チョコを期待してるモテない男に見られたのかもしれない。 「でも、違うんですよ」  と、口の中だけで呟く。そうしてまた笑いそうになって口元に力を入れた。  今年は違うんですよ。俺、すっごいカッコいい彼氏ができたんです。で、その人にチョコなんか渡しちゃおうかな、とか、考えてるんですよ、と、心の中で隣のお姉さんに話しかける。  昨年の秋に、思いがけず両想いとなった相手は、駅裏にあるZIONというバーのバーテンダーだった。背が高くイケメンで、元はボクシング選手。その人に憧れて自分もボクシングを始めた。  もともと運動がさほど得意ではなかった陽向は、上達は遅く『腰が引けてる』と毎回トレーナーに注意されるけれど、 鏡の前にグローブをかまえて立つ姿だけは様になりつつある。上城ともいつも一緒に練習したりランニングをしたりしていた。 「お世話になっているお礼に」  高級なチョコでも贈ろうか。などと考えてコーナーを歩いていたら、手作り用のブースにいつの間にかきていた。 「手作りかー」  そういえば、上城は陽向が彼の家に泊まりに行くときは必ず手作りの料理を出してくれる。ボクサーとしての体つくりを考えて、そしてひとり暮らしの陽向の健康も考慮して、バランスの取れたヘルシーな料理を並べてくれる。父親が料理上手だったらしく、それを継いだ彼の腕前もなかなかのものだった。 「手作りね」  陽向自身は料理はあまりしない。自宅マンションで、レトルトカレーやパスタを茹でてソースをかけるぐらいしかしたことがない。  けれど、製菓材料が並んだ棚を見ていたら「いっちょ、俺もやってみるか?」という気になってきた。 「愛情こもった手作りチョコあげちゃう?」
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