第1章

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 そこには、カクテルに関する書籍やファイル、ノートが大量につめこまれていた。  彼は空いた時間にいつもそれを取り出して勉強をしている。有名なバーテンダーの書籍や亡くなった父親が残したレシピ、自分で考えた配合。  一口にカクテルと言っても、作る人によって使う材料やシェイクの仕方は異なるらしい。マティーニひとつにしてもジンの銘柄、加える他の材料、配合の具合など、アレンジは多様だという。それを提供する相手によってまた変えたりと、一杯のカクテルの世界は無限に広がっている。上城はボクシングに対してストィックに向きあうのと同様に、バーテンダーという仕事に対しても真摯に向きあっているのだった。  そうしていたら、外からカンカンと階段を踏む足音が響いてきた。どうやらやっと仕事が終わったようだ。陽向は眠くなっていた目をひらいて姿勢を正した。バッグの横に紙袋があるのを確かめる。ガチャリと玄関ドアがあく音がした。短い廊下を通って、上城がやってくる。 「あれ? 陽向。起きてたのか」  部屋に入ってきた上城は、いつもは寝ている陽向が起きて待っていたのに、ちょっと驚いた顔をした。  その手には、――大量の紙袋が提げられていた。 「え、え。あ、ああ、はい」  どの袋も小ぶりで、そしてどれも店のロゴが入っている。中身はどう考えてもチョコレートだろう。しかも全部、高級そうなものばかり。陽向の岩石とは雲泥の差だった。 「……」  袋をガン見してしまったら「――ああ」と答えられた。 「もらったけど、食うか? 俺は甘いもの好きじゃないから食わないけど」 「えっ」  その言葉に、思わずきいた。 「好きじゃないんですか?」 「ああ。いつもアキラに全部渡してる。今年はお前がいたし、好きなら食うかな、って思って持って帰ってきた」 「……まじで」  そんな、甘いものが嫌いだったなんて。知らなかった。事前のリサーチ不足だった。  思わずしゅんとしてしまった陽向に、上城が不思議そうな目を向けてくる。そして、バッグの横に紙袋があるのに、おや、という顔をした。  陽向はその視線に気がついて、バッグの後ろにサッと袋を隠した。けれど遅かった。  上城は陽向の横に座ると、隠した紙袋を取りあげてしまった。中を覗きこんで目をみはる。陽向はめちゃくちゃ恥ずかしくなって顔を伏せた。 「これ……」 「すいません、忘れてください」 「お前が作ったのか」
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