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「なかったことにしてください」
「もしかして、俺に?」
「ほんとすいません。迷惑でした」
取りあげようとしたら、その手から逃げられる。反射神経は上城の方がずっといい。
「食っていい?」
「おいしくないです。甘いもの嫌いなんですよね」
言ってしまえば、はりきって作ったことが悔やまれる。
「お前が作ったもの、嫌いなわけないだろ。ていうか」
ぼそっと呟かれた。
「……陽向が焼いたのか」
感動的な声で、しみじみと袋の中を見られる。それは、自分の裸を見られるよりも恥ずかしかった。
上城がひとつ取りだし、包装をほどく。茶色くて岩石みたいな塊を、まるで宝石みたいに指先で角度を変えてなんども眺めてから、一口頬張った。
とたんに、相手の歯の間から「ガリッ」という音が聞こえてくる。
「えっ」
「――うっ」
上城が整った眉をよせて、口元を押さえた。
「も、礎さんっ」
陽向はビックリして、上城の袖に手をかけた。
「ど、どしました、なんか、変な音したっ」
上城は、なにか探るような目をしながら、口の中を動かした。
考えつつ、咀嚼して、それから、ごくんと嚥下する。
「ガリッって、ガリッて、いった……なんで」
変な物なんか入れてないのに。
「卵の殻かな」
「まじで」
サーッと血の気が引いていった。
「す、すみません、ほんと、俺、気づかなかった。まさか、そんなものが入っちゃってるなんて」
涙目になって謝る。
「いや、大丈夫。これくらい、俺もよくやる」
料理上手な上城がそんなことをするはずないのに、陽向のためを思ってか優しく言ってくれる。
「ごめんなさい、礎さんに変な物食べさせちゃって」
菓子作りは素人が簡単に手をだしていいものではなかった。本当に地雷が埋まってた。
「ごめんなさい……」
泣きそうな陽向の前で、上城はもう一口ぱくりと食べた。
「もう食べないで」
「うまいよ」
うん、とうなずいて微笑む。
「うまくないです。甘いもの、嫌いなのに無理させてしまって……」
落ちこむ陽向に、上城はケーキをひとつ平らげて言った。
「陽向が俺のために、って気持ちで甘いのなら、いくらでも大歓迎で食える」
その言葉に口端が両側からみっともなくさがる。申し訳なさそうに見あげると、上城はしょうがないな、というように肩を抱きよせた。
「もしかして、ケーキ焼いたの初めて?」
「はい」
上城が、陽向の頭をなでてくる。
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