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チョコの香りがするキスと桜の香り。
僕の唇に残る柔らかな感触。
それらはもう、どこにもないのだ。
僕に冗談のキスをして笑いかけてくれる彼も、僕を毎朝迎えに来てくれる彼もいない。
それじゃあ、今、僕の隣にいるのは誰なのだろう。
「もう出ようか?」
僕はブラックサンダーを二つ手に取り、レジカウンターに六十五円を置いて店を出た。
彼が誰かなどと考えてはいけない。僕の隣を歩くのは紛れもなく彼なのだ。
彼はいる。
彼は僕と一緒にいるのだ。
僕は彼と川へ向かった。
数年前にきれいに整備されて、川岸が公園になっている川だ。
僕たちは川岸の草原に座って空を眺めた。先ほど買ったブラックサンダーを彼の手に握らせて、僕も一つ封を開ける。チョコと香ばしいナッツの匂いが草の匂いと混じって香ってくる。
「なんか、こうしてると遠足のおやつタイムみたいだよな」
頭上に広がる青空とふんわり浮かぶ白い雲を見ていると、脳裏に遠足の思い出がよぎった。公園で食べた弁当だとか、見学に行った工場だとか。
彼がゾンビになってから、僕はずっと思い出してばかりだ。それくらいしか考えることがないからなのかもしれない。
いつもと変わらない空に雲がゆっくりと流れていく。
静まり返った周囲。
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