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風が優しく吹いて、草を揺らしていく。
僕は彼の手を握った。強くは握れない。
腐っていくだけの彼を強く握りすぎると潰れてしまうからだ。
手に触れてそこに彼がいるとわかるだけでいい。それだけで僕はここにいるのだと感じることができる。
川のせせらぎと風の音だけを聞いていると、まるでこの世界が彼と僕だけのものになったような気がする。
この町では、誰も僕たちが手を繋ぐことを邪魔しない。
例えば、ここで僕が彼にキスしたとしても、誰も僕たちを咎めない。
僕はふと思った。
「イチ、僕、おまえのこと好きだよ」
想いが溢れて声になった。
こんな状況にならなきゃ自分に素直になれないのか。
僕は本当になんて不甲斐ないのだろう。
今の彼に好きだと伝えたところで、なんの応えも返ってこない。
どうしてあの時いえなかったのだろう。
彼にキスされた時に気づけたなら、好きだと伝えられたなら、僕たちは今頃どうしていたのだろう。
戻りたい。あの日に。あの日の放課後に戻りたい。
そうすれば僕は、少なくとも彼を避けたりしないだろう。
残り一週間のなんでもない日々を彼と一緒に送るのだ。
空をぼんやり眺めていると、遠くから飛行機の音が聞こえてきた。
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