兆し

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「っわ、ちょっと待ったっ。俺、怖い話パスっ」 「なんだよ。知らないって言ったの、お前だろ? 黙っておとなしく最後まで聞くがいい。この学校の場合、彼女はトイレにいる幽霊じゃなくて……」  俺は立原の言葉に耳を傾けることなく、廊下をダッシュした。次の授業がある音楽室までこのまま走っていこうかと思ったのだが、降りる階段の手前に人だかりができていて、スピードを緩めなければならなくなってしまった。  なんだよ……この人だかりは……。  走り続けることができなかった原因を探るため、群がっている生徒たちの目線の先を追う。廊下の掲示板にはこの前の定期テストの結果が貼り出されていた。  5教科合わせての点数で、クラスごとに上位10名が掲示されている。平均点レベルの俺は一度もランクインしたことがなく、本来なら、まったく関係がないはず、なんだけど。  テストの点をこうやって公表するのってどうかと思う。目指すものがないと意欲が湧かない、っていう理屈はわかるんだけど、比較される身にもなってみろよな……。 ―お兄さんたちは10位内にいつもいたんだから、もう少し頑張れば良い点が取れると思う  入学してからしばらくの間、テストを返されるたびに、違う教師たちから異口同音に言われ続けてきた言葉を思い出す。(それでも伸びがない俺に、さすがにもうその言葉は使われなくなったのだが) 「あれ。まだこんなところにいたのかよ」  立原の声に振り返る。 「なに、この人だかり」  いつもはテスト結果が貼り出されても、足を止めるヤツはごくわずか。ここまで盛り上がることは珍しい。  掲示板の前を指して示せば、多くを語らなくても立原には俺の言いたいことが伝わったようだ。 「ああ。A組の一宮(いちのみや)が陥落したんだよ」 「は? それだけでこんなに盛り上がる?」 「あ? お前、知らないのかよ。1年の時からずっとトップにいたの、一宮だけなんだぜ?」 「……知らなかった……。テスト結果とか、興味なかったから」  というか、見たくなかった、が正しい言い方かもしれない。教師たちから比較の眼で見られているかと思うと、赤点を取っていないはずなのに憂鬱な気分になるからだ。  フフフ……アハハハハ……  不意に、耳元で笑い声がした。  え?
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