再会

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再会

――狐の嫁入りかもしんねな。  祖母がぼそりと呟いた言葉が耳の奥によみがえった。  幼い頃の記憶をたぐり寄せながら、目の前に広がる暮れなずむ光の中で沈む田園風景の淋しさを見つめた。  狐の嫁入りだからどうだとか、両親がどう反応したとかまでは覚えていないけれど、幼い皐月には狐の嫁入りという言葉そのものが怖いものの象徴のように刻み込まれてしまった。  それが日本各地に伝わる言い伝えだと知ったのはずいぶん経ってからだった。  その後、何度も祖父母の家に遊びに行っても、あの時の不思議な光景は二度と見られなかった。  今ではもう、あれが現実に目にしたものだったのか、それとも子どもの熱が見せた幻だったのかは分からない。  幼い頃は仰ぎ見るほどに大きかった長屋門も、今はそれほど圧倒されはしない。  ただ夕陽に照らされ、乾いた裂け目や色あせた木肌の色がわびしく皐月の心に陰を落とすだけだった。  かつては門の向こうに茫漠と続くかのように広がっていた田んぼも、整地されたり耕作が放棄されて草が生い茂っていたりして、記憶にある海原のような光景からは少し遠い。  車がぎりぎりすれ違えたほどの農道は拡張され、その道路に沿うようにして新しい家がまばらに建っている。  近くはないが、高速道路が開通したせいもあるだろう。  あの狐の嫁入りが吸い込まれていった里山は昔のままに残されていても、宅地化の波は少しずつ押し寄せていた。
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