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今時、なじみのあった農家と田んぼの風景を失ってゆく土地では、狐の嫁入りなんて笑い話にすぎない。
そんなことを思いながら、門前に掲げられた提灯のぼんやりした灯りが灰色の人影を揺らしているのを見つめた。
祖母の通夜で焼香をあげるために訪れる喪服姿の人たちがしずしずと門をくぐっていた。
従姉妹が担当している門の内側の受付に、順に並んでいる。
潜戸のそばに立ち尽くす皐月に気づいて、とりあえず会釈をしてくる人もいれば、訝しげな目で見やる人もいる。
挨拶は返すものの、この界隈で皐月の顔を知っている人は少ない。
祖母にまともに会えていたのは、もう十五年も前だ。
それ以来、この地に足を踏み入れたのは、片手の指の数にも満たなかった。
山の端に昇りはじめた月を見上げ、内側にこもった重い塊を吐き出すように大きくため息をついた時、どこか遠くで動物の鳴く高い声が響いた。
民家で飼われている犬の遠吠えではない。
この土地で暮らす人間なら判別はつく鳴き声だった。
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